日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P112
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発表要旨
郷土史から紐解く,防災を特別視しない豊かな災害文化
*水本 匡起
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抄録

1.はじめに

 現代の生活は,数年以上の長い時間間隔で繰り返す自然災害に対応できていない.よって今後は,これらの繰り返し間隔の長い自然災害から命を守る方法の確立に加えて,災害伝承などが風化せずに継承される仕組み作りが重要となる.本発表は,北上川下流域の水害と共に生活してきた宮城県河南町(現在は石巻市の一部)の町史に書かれている一般的な日常生活の中に自然との関わり合いを読み解くことにより,「繰り返し間隔の長い自然災害」を「日常生活の中に違和感なく取り入れて生活していた先人たちの自然観」を見出すことができることを示す.そして,防災や自然災害を特別視しない生活こそがまさにレジリエントな災害文化として存在し,災害伝承や災害文化などが風化せずに次世代へ継承されるシステムとしても機能していることを提示する.

2.郷土史の記載からわかる豊かな災害文化

 北上川下流域で生活する人々は,沖積平野を構成する自然堤防,旧河道,後背湿地等の微地形をそれぞれ「ソネ」」「フナミチ」「ヤチ」と呼んでいた.そして各々の形態的特徴だけでなく,地形を構成する表層地質や水分状態を見極めた上で,その場所に最適な稲の生育方法を考えることが常であった.洪水で土手が決壊した跡の沼を「オッポレ」と呼び盛んに魚取りを行っていた事実は,再び起こる洪水を想定していたことを示している.また,毎日の干満変化によって川水(淡水)が押し上げられることを利用し水田の用排水を行っていた人たちは,異常潮位をもたらす急激かつ非日常的な自然の動き(=自然災害)に敏感だったことがわかる.一方,当地の山間部の生活では,斜面を構成する微地形から水環境,植生に至るまで,常に変化し続ける山の自然環境を知ることが必然であった.そして同時に,命を脅かす山の恐ろしさを理解していたからこそ,特定の日に山仕事を休んだり山の神に感謝したりしていた.特に結いや助け合いには,道普請や橋普請など数年に一度行うものから,萱の葺き替えや家の建て替えなど数十年〜百年ごとに行うものまであるが,百年を超えた結いと助け合いが成立していることは,後世の代まで在地で生き抜く強い意思と知恵が共有されていることを示す.同時に,これら百年後の未来を見据えた生活感覚が,繰り返し間隔の長い自然災害にも対応可能な自然観を育んでいる可能性を示唆する(水本, 2019a).

 このように,自然災害の種類や前兆現象等も含めて,現代の防災教育で学ぶような自然環境とその変化に関する知識は,郷土史に記された日常生活の中に全て含まれている.そしてその変化が大きい時には,命が脅かされる事を察することのできる自然観がすでに日常生活に織り込まれていることがわかる.以上のことから,特に防災などと意識せず,自然の恵みを上手に利用しその地域で生きるための工夫に富む日常生活では,自ずと自然の動きを察知する能力や地形を見る能力が養われ,防災の知恵や豊かな災害文化が育まれ,結いや助け合いとともに,自然災害から命を守る方法が孫の代まで確実に受け継がれるシステムが成立しているとみなすことができる.

3.防災教育に必要な地域の生活システムの理解と郷土史の位置づけ

 先人の自然観を育んだ平野や山などの中地形は現在も同じ風景を形作っているため,当地に住む人たちは今も先人の自然観をイメージしやすい.よって人々は自身の経験等を通して,郷土史に書かれているような身近な土地の成り立ちや自然と関わり合いのある生活を比較的容易に認知できる.同時に,今も変わらずに続いている当たり前の文化や習慣,生業の中に,すでに防災が含まれていることの意味や価値に気づくこともできる.そして,日常生活に埋没しがちな地域の自然観や,先人から受け継いだ生活文化の中に改めて「防災」という新たな価値を見出し,現代の生活に沿った形で違和感なくそれらを組み込んでいくことにより,結果として数年以上の長い間隔で繰り返す自然災害にも対応することが可能となる.ただし,防災教育と称して,地域の生活システムから都合の良い部分だけを取り出し,非日常的な自然の動きや理論を一方的に紹介しても,それらは地域の日常生活から離れた不自然な事象であるために,結局は当地の人々に受容されず,継承もされにくい.地域ごとの特性を十分に踏まえた持続的かつ効果的な防災教育を実践していくためにも, 防災の観点から見た“郷土史の新たな価値と重要性”には,今後さらに注目していくべきだろう.

【参考文献】◆水本匡起 2019a. 地理総合における防災教育の新たな手法と展開. 宮城県高等学校社会科教育研究会地理部会報 47:15-29. ◆水本匡起 2019b. 防災を意識しない生活に潜在する豊かな災害文化. 地域構想学研究教育報告10:1-14. http://id.nii.ac.jp/1204/00024041/ 

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