日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S201
会議情報

発表要旨
農村変化と集落再編を形態論から考える
*小島 泰雄
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.地域運営組織と農村変化

 日本農村で進む地域運営組織の編成は、どのような農村変化を反映しているのだろうか。本シンポジウムは、この問いに地理学としていかなる回答ができるのか、について考えるものである。理論−実践−実証の研究現場からなされる一連の発表の中で、本発表は集落形態をめぐる20世紀の地理学が育んできた方法と、集落再編という動的な過程に注目してゆく。

 集落形態をめぐる研究史は、集落が居住の場であるだけでなく、それを取りまく農地との関係性を反映したものであることを明らかにしてきた(小島2013)。日本の農村集落は、300人が標準的な規模で(水津1956)、その形態は集村が主体となる(石原1965)。そして水田農業が必要とする水の管理を軸に、集村に表象された共同体としての社会性が、地域運営に深く関わってきたとするのが一般的な理解であろう。

 20世紀後半に展開した農村変化は、生産の場であった農村が近代化=都市化の中で周辺化し、人口減少と機能剥奪が相乗的に進む過程として捉えられる。この農村変化の初期に農村に留まる選択をした昭和ヒトケタ世代を担い手として、地域運営は長く集落を単位としてきたが、今世紀に入る頃からこの構造は急速に崩れ始めた。

場所論の展開が示唆するように(Cresswell 2015)、地域内の関係性として集落/農村を考えることから、地域外との関係性を含みこんだ集落/農村を捉える視座への転換が求められる。それは地域運営組織をめぐる農村変化に向きあう研究の基本姿勢と言えよう。

2.集落再編と地域性

 現存の集落は、個別具体的な地理と歴史の産物であることから、その再編も地域の文脈に依存する。集落外との関係性は、地域中心、国家、グローバルへと不連続にひろがっているが、集落の機能が一様に無効になったわけではないことにも目を向けるべきであろう。その意味で、ローカルの創出ともみなされる基層の地域運営組織の再編は、重層的に展開する生活空間のどのスケールにそれを設定するのかについて、より自由度が高まっている。

地域性は多様であるが、ひとまず平地農村と山地農村にわけて考えてみたい。農業の基盤が整い、一定の規模農業が可能な平地農村は、地域中心へのアクセシビリティが高く、多様な就業選択も可能である。居住の場としての集落は、地域運営の主座を継続できる場合が少なくない。

 一方、山地農村は前近代において多様な資源と結びつき、戦後復興期に住民数のピークを有する集落が多い。そこからすでに数分の1に人口は減少し、資源価値が低下した現在、地域運営に際して過去に規定された集落のレベルに拘泥する必要は少なく、むしろ開かれた関係性がますます重要になっている。

3.散居の可能性

 人口9人以下、高齢化率50%以上の「存続危惧集落」は2015年に2千集落ほどあり、2045年には1万集落へ増加すると推計されている(農林水産政策研究所2019)。その9割は中山間地域の集落である。集落が強い機能を果たしてきた日本農村からすると、それが深刻な問題と捉えられるのは当然かもしれない。

 中国四川農村の集落形態は散村である。数世帯からなる集落(“院子”)とその周囲の農地が結びついた生活空間が前近代から展開してきた(小島2001)。集落機能が一般に弱い中国農村において、散居によって実現される農業経営の優位性(耕作圏の近接性)は、その開発史と結びついて持続されてきたと考えられる。

集村と強い集落機能の結びつきは、通文化的な必然性はないのである。山地農村では農地は分散し、水利も小規模である。ゆえに、農地に近接して居住することを可能とする散村は、むしろその資源管理に適した集落形態である。集落がなかなか無住化しないことの理解の鍵は、ここにあるのではないだろうか。

人口減少にあわせた重層的なコミュニティの新しい様態として、とくに山地農村では、地域運営組織を散居と整合的に構築してゆくことがより重要となるであろう。集落規模の縮小を過度に警戒するのではなく、むしろ近隣の機能が保たれる数世帯の散居を地域運営組織が緩やかに包みこむという構図は、日本農村の選択肢になると考えられる。

著者関連情報
© 2020 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top