日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 406
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発表要旨
学生の地理学からみた都市空間の変容
*栗林 梓
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抄録

Ⅰ はじめに

 高等教育の拡大によって,日本でも2人に1人が学生(注1)を経験する時代となった.学生の増加は,単に大学に所属するものの増加を意味するだけではない.大学への進学を契機に学生の半数は親元を離れ,新たな空間に住まう.また,親元から離れて暮らすものもそうでないものも,4年間という時間の中で新たな学生生活を経験する.

 こうした中で,学生は空間に働きかける1つの行為主体として考えられるようになってきた.特に英語圏では,行為主体としての学生を重要視する分野としてstudent geographies(学生の地理学)という分野が台頭し始めている(Holt and Riley 2013).その中でも,Smith(2002)は世界的な高等教育の拡大に伴う都市空間の変容のプロセスを概念化するためにstudentificaiton(ステューデンティフィケーション:以下ST)の語を提唱した.中澤(2017)によればSTは特定地域における学生人口の集中的な増加によってもたらされる社会的・文化的・経済的・物理的な都市空間の変容を示す語だという.当該語句のもとイギリスを中心として世界的に実証的な研究が行われている.

 さらに,近年では学生人口の減少による都市空間の変容を示すde-studentification(脱ステューデンティフィケーション:以下DST)の語も提唱されている.ただし,イギリスにおいてはDSTは,まだ顕著にみられていないと指摘されている (Kinton et.al. 2016).しかし,少子化に伴う学生人口の減少や,大学の都心回帰,といった日本の文脈を踏まえるならば,DSTに関する先駆的な実証研究の蓄積が期待される(中澤 2017).学生の増加に伴って供給されてきた学生マンション(注2)もこうした文脈の中で転機を迎えていると考えられる.

Ⅱ 研究方法

 本研究の目的は,大学の立地から撤退という時間軸を通じて,学生マンションの需給関係に着目しながら,STおよびDSTのプロセスについて解明することである.これは,「大学の撤退から派生する問題」(中澤2017)に対する学生の地理学からの応答である.また,需要側のニーズの変化と供給側の対応を解明するというマンションの地理学的研究の課題(久保2010)に対する都市地理学からの応答でもある.

 対象地域は京都府京田辺市に設定した.京田辺市には1986年に2大学が立地したが,2013年の両大学の一部学部の撤退により学生が約7,000人減少した.これに伴って京田辺市内で暮らす学生も減少することとなった.学部撤退前の人口に占める学生の割合は全国の市区町村で2番目の高さであった(2010年国勢調査).

 学生マンションの立地と物件情報を把握するための資料として,大学生協および斡旋業者4社の物件掲載リストを用いた.また,学生マンションの供給プロセスや大学の撤退による住宅市場への影響,学生の需要の変化などを把握するために,同志社大学総務課,京田辺市建設部計画交通課,開発指導課,市民部市民参画課,同志社生協,斡旋業者4社,学生マンションの家主8名に聞き取り調査を行った.

Ⅲ 結果

結果は以下2点に要約される.

(1)日本の大都市圏郊外におけるSTは地方圏から大都市圏への学生の流入と大都市圏都心部における法的な大学の立地規制が同時的に進行したことにより惹起した.京田辺市では大学や駅,都市機能の近さといった学生の需要と都市構造を反映して進行した.

(2)日本の大都市圏郊外におけるDSTは大都市圏都心部における大学立地の規制緩和によって,大学の都心回帰が進行したことにより惹起した.京田辺市においては,学生人口の減少によって学生マンションの供給過剰に拍車がかかり,物件の空室率が高まったことや学生の居住様式が高級化したことが,家主や斡旋業者の経営戦略に影響を与えていた.京田辺市において学生マンションの家賃の下落に歯止めがかかり,空室率が改善された要因には,①家主や斡旋業者による社会人入居者の募集(dual marketing)②家賃の下落に伴う通学生の下宿生化③京都府南部における企業立地と物流拠点化による人口流入,の3点があった.

1)本研究では学校基本法第九条に定められた大学に所属するものを指す.ただし,短期大学生は本研究の対象から除いた.

2)学生マンションの定義は我孫子他(1997)に従い,学生が入居することを前提とするマンションと定義する.我孫子他(1997)では,学生アパートの語が当てられているが,現地の大学や各斡旋業者,家主らも学生マンションの語を多用しており,本研究では便宜的に学生向けの共同住宅のことを学生マンションと定義する.

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