日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 413
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発表要旨
ビエンチャンの新中華街における中国系移民
*李 宝峰
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抄録

問題の所在 

1988年に中国とラオスが国交を回復して以来、数多くの中国系新移民がラオスへ移住してきた。報告者の現地での聞き取り調査によれば、2018年時点で、ラオスの首都ビエンチャンにおける人口90万7,000人のうち、中国系移民は12万以上を占めている。1970年代インドシナ半島の社会主義化により一時的に衰退したラオスの中国系移民社会は再び拡大に転じている。一方、中国政府の「一帯一路」戦略により、中国とラオスの国際関係はより一層密接になりつつある。

 従来ラオスにおける中国移民社会に対する研究は、主に中国とラオスの関係の歴史的変化に注目し、巨視的な視点で移民社会の発展と国際社会との関係を分析してきた。しかし、移民たち自身に注目し、現代社会において具体的にどのような中国系移民がラオスへ移住しているのかについて解明した研究は乏しい。さらに、ラオスに生活する中国系新移民に関する既存の研究は、1988年の国交回復を画期として研究することが多かったが、2015年の「一帯一路」戦略はラオスに大きな影響を与えており、無視することができない変化をもたらしつつある。両国が国交回復してから30年以上が経ち、ラオスへ移住する中国系移民はいかに変化して、現代中国とどのような関係を築いているのだろうか。

研究の目的と方法 

 以上の課題に対して、本研究は、ビエンチャンの新中華街における中国系移民を対象として、第一に、ミクロなスケールで移民の特徴、すなわち、属性、出身地、移住の動機、移住のルート、および移住地での定着性を分析することによって、中国からどのような人がビエンチャンに移住しているのかを明らかにする。さらに、その結果から、「一帯一路」戦略が本格的に実施された2015年以前と以後における移民の特徴の変化をについて検討し、そうした移民の変化が、マクロスケールの国際社会の変化とどのように関係しているのかを明らかにする。

 報告者は2018年9月および2019年9月の二か月間にラオス首都ビエンチャンに位置する三つの中華街:旧中華街、タラート・チーン(老中国城)、ラオス三江国際商貿城についてフィールドワークを実施した。特に移民の特徴を理解するために、「ラオス三江国際商貿城」で生活している40人の中国系移民に対して、ライフヒストリーを中心とするロングインタビューを行った。

結果 

 まず、移民の特徴について、新中華街に生活している中国系移民は時系列的に見て、多様化した展開が確認できた。2015年を画期として、その前後に移住した移民は出身地、移住ルート、仕事、移住地での定着性について、それぞれ異なる特徴を持っていた。2015年以降に移住された移民は、それ以前の移民と比べると、出身地範囲の拡大、民間仲介による移住の増加、スマートフォンなど中国製品に対する新しいビジネスの展開、および将来により強い帰国志向があることが確認できた。

 つぎに、現代社会における中国系移民の移住は、中国が国際社会にもたらす影響力の拡大と密接な関係があると指摘できる。直接的な関係として、中国政府の支援による新中華街の建造、およびラオス政府が移民に対して、海外投資に有利な政策の制定が提示できる。一方、間接的な関係として、中国製品市場に関連する新たな商機の形成など、中国政府とラオス政府によって意図的に引き起こされた変動というよりも、むしろ、その協力に伴う偶発的に生じた変動もあると指摘できる。「一帯一路」戦略は、現地の移民に広く知られており、中国からの民間投資に強い宣伝力があると考えられる。

 本研究はビエンチャンを課題先進地のモデルとして扱ったが、新中華街の発展途上国での形成および新移民の流入は北アフリカおよびサハラ以南の地域にも発生しており、今後比較研究によってアプローチする必要がある。

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