主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2020年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2020/03/27 - 2020/03/29
1.はじめに
日本各地に所在する地場産業の多くは,1990年代以降,経済のグローバル化の進展や消費者需要の変化を背景に衰退・縮小に向かっている。こうした状況下における地場産業の実態については,フィールド調査にもとづく実証研究により明らかにされてきている。一方,個別産地ごとの実証研究に比べると,統計資料などを用いて地場産業の動向をマクロ的にとらえた研究は少ない。そこで,本報告では,『工業統計表』のデータをもとに,1990年代以降の地場産業の動向とその地域的特徴の把握を試みる。なお,分析に用いるデータは,使用の制約を考慮し1992年と2016年のものとする。
2.主要地場産業の選定
地場産業には多様な産業・業種が含まれており,全てを網羅的に検討するのは困難である。そこで,本報告では,主要な地場産業を選定した上で分析を進めていく。選定にあたっては,全国の産地の一覧が掲載されている『産地概況調査』(中小企業庁)と伝統的工芸品産地の一覧を示した『全国伝統的工芸品総覧』を用いる。両者には576産地がリストアップされており,これらは産業分類にもとづき13の産業グループに分けられる。そのうち,産地数が多い6グループに注目し,そこから主要な地場産業を選定した。選定した地場産業は,「織物・ニット生地」,「染色」,「衣服」,「家具」,「手すき・機械すき和紙」,「陶磁器」,「鋳物」,「漆器」の8産業である。以下では,この8産業を対象に分析を進めていく。
3.生産地域の類型化と分布
本来であれば,個別産地ごとの事業所数や出荷額などのデータを示したいが,本報告で用いる工業統計表のデータは都道府県別に集計されたものである。そこで,主要地場産業の産地が所在する都道府県を抽出し,その分布や動向など考察するという方法をとる。各産業の事業所数と出荷額の2指標をもとに,都道府県を5類型した。その上で,大規模な産地が所在する都道府県を主要生産地域,中小規模の産地が所在する都道府県を準主要生産地域と定めた。そして,産業ごとに生産地域の分布の特徴を検討した。
4.産業別・生産地域別の動向
1990年代以降の動向を産業別にみると,1992年と2016年の間で事業所が増加した産業・業種はなく,地場産業が衰退局面にあることが改めて確認される。また,出荷額が増加した産業も無かった。一方,これを業種別でみると,出荷額が比較的維持されているものや拡大したものも一部確認された。大企業も生産を担う業種も含まれるため,必ずしも地場産業に限定されたものではないが,国内生産が継続する業種も存在している。また,生産地域別の動向に目を向けると,産業ごとに相違が認められる。産業全体に占める主要生産地域の地位が低下した産業がみられる一方で,依然主要生産地域での生産が重視される産業もある。このように,1990年代以降の地場産業の衰退・縮小は一様に進んでいるのではなく,産業ごと・地域ごとに異なる動向を伴うものであることが明らかとなった。