主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2020年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2020/03/27 - 2020/03/29
Ⅰ 問題の所在
2011年の東日本大震災の際に発生した宮城県石巻市立大川小学校の事案は,学校防災に携わる人々に大きな衝撃を与えた.2018年4月,仙台高等裁判所が示した判決が,2019年10月に,最高裁判所が宮城県と石巻市の上告を棄却することで確定した.
既に多くの指摘がなされているように,この確定判決の大きなポイントは「事前防災」の重要性が指摘されたことである.判決では,以下の2点が指摘されている.
校長らには児童の安全確保のため、地域住民よりもはるかに高いレベルの防災知識や経験が求められる.公表されていたハザードマップでは,大川小は津波の浸水想定区域外であり,津波発生時の避難場所として指定されていたが,校長らは学校の立地などを詳細に検討すれば津波被害を予見できたと判断できる. 校長らは学校の実情に沿って危機管理マニュアルを改訂する義務があったのに怠った.市教委もマニュアルの不備を是正するなどの指導を怠った.
最高裁での確定判決は,判例として,今後踏襲されるものとなる.このことは,今後,学校現場における災害対応の基準は「事前防災」であり,ハザードマップの想定を個別に再検証した上で,適切な危機管理マニュアルを策定しなければならず,教育委員会は各校の危機管理マニュアルに不備がないかを検証しなければならないことを意味する.そして,これが不十分であった場合,自然災害で学校管理下の児童・生徒に被害が生じた場合,確実に学校現場と教育委員会の瑕疵が認められることになる.
極めて高度な情報収集と判断を,必ずしも地理学・地質学が専門ではない学校現場が行うことが可能であろうか.加えて,すべての学校が適切な判断と計画ができているかどうかを基礎自治体の教育委員会が判定することが可能であろうか.情報収集から判断に至る一連の思考過程は,専門的すぎるものであるし,前提となる①のハザードマップの読み取りそのものに求められるスキルが,現在の学校現場には不足していると言わざるを得ない.
教育現場の働き方改革の流れもあり,これまで以上に,学校現場に負担をかけることも難しい.学校現場が最小限の負荷で,効率的に情報収集と判断を行えるようにするための支援が不可欠である.また,限られた人的リソースで,すべての学校の危機管理マニュアルの検証を行わなければならない基礎自治体の教育委員会への支援も必要となる.
Ⅱ 学校現場と教育委員会の支援のために
以上の問題意識から,筆者らは以下のようなことを石川県教育委員会と協同で実施する準備を進めている.
1.学校現場がハザードマップを適切に読み取れるようにするための作業マニュアルとチェックリストの作成.
2.基礎自治体の教育委員会が各校の危機管理マニュアルを点検するためのチェックリストの作成
3.各校・各教委へ専門的な支援をするためのチャンネルの確立
当面の課題は1である.多数ある学校から「ハザードマップの情報で被災が予測される学校」と「ほぼ確実に被災しないと考えられる学校」をスクリーニングし,グレーゾーンのケースを抽出することまでをマニュアルとチェックリストで実行できるようにしたい.グレーゾーンの学校に対して個別に専門的な支援を行うことで,効率的に,かつ,必要な学校へ支援を届けることができると考える.また,児童・生徒の安全確保の観点から,学校の立地箇所だけでなく,校区全体についても判定することが必要と考える.
発表では,地震災害と水害について,スクリーニングを実施するためのフローチャートとチェックリストの試案を示す.意見交換を通じて実効性のあるものにブラッシュアップしていきたいと考えている.