日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 414
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発表要旨
囲い込みから購入へ
―ウランバートル・ゲル地区におけるハシャーの商品化―
*松宮 邑子
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抄録

1.問題の所在

ウランバートルの居住地は,中心部を構成するアパート地区とその周りに広がるゲル地区とに二分される.ゲル地区では,居住者は木柵などで土地を囲ってハシャーと呼ばれる区画をつくり,テント家屋のゲルや,木材などで自作した固定家屋のバイシンを住宅として生活する.アパート地区には,電気や上下水道,セントラルヒーティングが完備されているものの,ゲル地区には電気以外のインフラが備わっていない.アパート地区が社会主義時代に政府によって開発された,また体制移行後に民間企業によって開発されたアパートを中心とする居住地であるのに対し,ゲル地区はハシャーの造成,ゲルの用意・組み立てやバイシン建設に至るまで,すべて居住者が自らの手で担うことによってつくりあげてきた居住地である.

 モンゴルでは,1990年にはじまる社会主義体制からの移行を機に,首都ウランバートルへの人口集中が進んでいる.アパート建設による住宅供給が不足する中,人口増加とともにゲル地区が拡大したが,土地私有の進展を背景にハシャー獲得の方法やその意味合いは変化しつつある.

2.モンゴル・ウランバートルにおける土地私有

 土地が国有であった社会主義時代,ゲル地区のハシャーは行政の定めた場所にのみ許可を得てつくることができた.体制移行後,国有財産の分配化が図られる過程で,投資の活発化や行政による居住者の把握・管理の便宜化を目的に,国際援助機関によって土地私有化の早期実現が求められ,制度改革が進んだ(滝口 2009).1992年の新憲法制定によって国民の土地私有権が保障され,1994年の土地に関する法律(以下,土地法)では,土地の所有権を持つ主体は唯一国家であり,国民はこれをリースする権利,すなわち期限付き,かつ処分権などを伴わない占有権を持つと定められた.そして2002年の土地法改定および2003年の施行によって,国民には売買や担保化など処分権を有する私有権が認められ,居住目的に限り,1家族につき(後に個人単位へ変更),ウランバートルでは700㎡を上限とした土地が一度のみ無償で与えられた(湊 2002).

3.土地の囲い込みとゲル地区の拡大

ウランバートルにおける土地私有は,法の施行段階で従来の占有権によってゲル地区に住んでいた人に対し,そのハシャーへの権利を私有権に書き換えることを念頭に開始された.しかし実際には,人々が空いている場所を囲い込む行為が活発化し,新たにつくられたハシャーに対して後追い的に私有が認められていった.土地の私有化には,居住者自身による居住環境の改善を誘発し投資が活発になることで,結果的にゲル地区全体の環境が向上することが目論まれていた.しかし,不動産かつ一定の広さを有する土地が個人の主体性に任され早い者勝ちで私有化された結果,ゲル地区は爆発的に拡大し,都市問題と称される事態にまで発展したのである.

4.進むハシャーの商品化

 好条件の場所からハシャーの形成が進みゲル地区が拡大していった結果,中心部から遠く離れた郊外でなければ新しく土地を囲い込むことは困難となり,中心部ではすでに囲われた土地の売買が進んでいる.商品化の対象はハシャーのみならず,本来はセルフビルドであったバイシンにまでおよび,「立地条件の良いバイシン付きのハシャー」は高値で取引きされる.好条件のハシャーに対する価値の高まりを受け,地権者の中には土地の一部分を売り払って利益を得る人や自身はアパートへと住まいを移しながらも土地は所有したまま賃貸に出す人,そうしたハシャーを買う人や賃貸して住まう人などが見られる.つまり,ゲル地区が拡大していく過程で,本来は自らつくることで獲得する対象であったハシャーは,資金を投じて買う対象へと変化してきており,ゲル地区に住まうにも経済的な基盤が必要になりつつあることをうかがわせる.

滝口 良 2009. 土地所有者になるために——モンゴル・ウランバートル市における土地私有化政策をめぐって. 北方人文研究 2: 43-61.

湊 邦生 2002. モンゴル国土地関連法令集. モンゴル研究20: 101-137.

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