日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 311
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発表要旨
秋田県旧八竜町における園芸産地の変容
*三浦 寛人
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抄録

1.はじめに

 農業基本法(1961年)下における産地形成論の体系化が図られてきた農業地理学研究の中では,近年,グローバル・ローカルな食料供給体系に関心が集まり,これに伴う産地再編に関する研究が進展している.産地再編をとらえる上では,日本農業が直面する諸課題に主な関心が向けられるあまり,明らかにならない日本農業の現況,すなわち,これらの諸課題のみに必ずしも規定されない産地再編の過程が存在するのではないだろうか。本研究では,歴史的に条件不利地域と位置付けられながらも園芸産地を形成した秋田県山本郡旧八竜町(現三種町)を事例に,市場出荷と世帯外労働力に着目して,園芸産地の変容過程を明らかにした. 

 なお,現地調査は2018年11月から2019年9月にかけて継続的に行い,本報告のデータは対象農家29戸,JA秋田やまもと,三種町浜口土地改良区,世帯外労働者X氏への聞き取りによって収集した.

2.メロン産地の形成

 旧八竜町の海岸砂丘地帯では,戦後農業基本法下の農業構造改善事業を背景に,受益面積320haの畑地かんがいと圃場整備が行われた.メロン生産量がピークであった1988年頃には,畑地かんがい地区のすべてでメロンが作付されていた.これは,地域の青年農家によるメロン栽培技術の伝播やその青年農家と農協出荷担当者による東京,北海道,東北各地への市場開拓によるものであった.

3.地場市場の開拓に伴う産地の変容

 メロンの生産量は1988年頃を境に減少していった.その要因は高齢化に加えて,農家が農協出荷規格外メロンの出荷先となる地場市場を自ら開拓し,次第に品質の良いメロンもその地場市場へ出荷されるようになったことである.

 その地場市場の一つが1994年に農家女性によって設立された農産物直売所であった.この農産物直売所は開設以来,メロンを中心に販売額が上昇し,1998年には秋田県内の農産物直売所において売上高1位を獲得するに至った.また,メロンは販売時期が6月下旬頃から7月下旬頃と限定的であったため,メロンの販売額向上に伴い,徐々にメロン以外の農作物も販売されるようになっていった.すなわち,メロン以外の農作物を安定的に販売できる販路が確立されたことによって,農家がメロンを栽培する必然性は薄れ,多作な農業経営へと変容していった.

4.世帯外労働者との紐帯と産地の変容

 旧八竜町における農業労働力は,産地形成期より世帯内労働力が中心であった.しかし,畑作農繁期には臨時雇用の世帯外労働力が重要となり,その存在が農業経営を規定する一つの要因であったため,産地変容にも影響した.

 地域内の貴重な世帯外労働者であるX氏(60歳代後半の女性)をめぐっては,計7戸(調査対象外の農家を含む)の間で雇用時期の調整が行われていた.世帯外労働者は一定の誰にでもできるような農作業に雇用されているが,商品となる農作物の作業を任せられる人は地域内に限定的であった.そのため,物理的な世帯外労働者の不足に加え,農作業を任せられる人がいないという農家の認識が産地の変容にも影響していた.複数人の世帯外労働者を雇用している農家にとってX氏は,他の世帯外労働者との仲介役としても役割を果たしている.したがってX氏の存在は,旧八竜町のメロン産地変容過程において今後も大きな要因となり得る.

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