日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 137
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発表要旨
地域を嫌いにならない防災教育を
*小岩 直人
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キーワード: 防災教育, 津波, 土砂災害, 洪水
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抄録

水谷(2002)は,自然の猛威に対する最も効果的な防災は「人が,災害の可能性が小さい土地を選んで居住し,危険の程度に応じた利用を行うこと」であることを述べている.しかし,日本の人口集中地区(DID)は,面積比で約60%以上が低地に分布していることが示すように(村山・梅山,2010),自然災害の影響を相対的に受けやすい場所にすでに多くの人々が生活しており,危険な土地利用が進んでいることは明らかである.このような現状をふまえると,日本の防災教育は,地域が危険である事実のみを強調し,いわゆる「脅し」の防災教育となりがちであることも指摘されている.人口が集中する都市部はもちろんであるが,とくに人口流出が激しい地方の市町村において,地域の危険性を的確に把握させながら,地域への愛着を育みことは,防災教育を行うための重要な課題の一つであるといえるであろう.

「脅し」防災教育とならないためには,人間の自然との関わり方(自然からの恩恵)や,地形が形成される際に生じる災害を空間的・時間的に客観的にとらえる視点を育むことが重要であると思われる.発表者は教員養成学部に在籍し,自然地理学を担当,教科専門の立場から教員養成に携わっていが,地域の自然の恩恵をきちんと説明できる学生(地理学を専攻する学生においてもさえも)は極めて少ない.

弘前大学教育学部自然地理学教室では,日本海に面する青森県西津軽郡鰺ヶ沢町をはじめ,各地域の小中学校等で防災教室・ワークショップ・講演会を実施し,これらの事業において教員養成学部の学生の関与を積極的に促してきた.とくに青森県での防災教室の際には,以下の内容(一部ではあるが)を学生に伝え,児童・生徒の指導を行う基礎知識としている.

「青森県では,豊かな景色に取り囲まれながら,おいしい魚や貝,りんご,米,野菜などの農産物を食べることができます.これらの風景や食べ物は,自然によりもたらされたものでもあり,私たちは自然の恵みをたくさん受けて生活しているといえるでしょう.青森県の緑豊かで景色のすばらしい山々は,土地が盛り上がったり,火山が噴火したりしてできたものです.また,多くの農産物は火山の噴火によってもたらされた火山灰をもとにした土を利用していますし,水田は河川の洪水によってたまった土が必要となっています.これらの自然現象が起こるときに,人がその場所にいた場合には災害が起こってしまいます.私たちがたくさんの恵みをもらっている自然は,このように時に暴れて人に被害を与えることがあることも決して忘れてはいけません.しかし,その時間は,恩恵を受ける時間に比べるととても短いものです.この自然が大暴れする時間は,私たちは安全な場所に逃げて過ごすべきであり,不幸にも被害をうけてしまったところでは,ともに助けていくことが大事だと思われます.」

具体的な防災教室での指導事例として,日本海沿岸部に位置する鰺ヶ沢町における防災教室の内容を紹介する.本教室では,教員養成学部の学生が,児童とともに現地調査を行いながら,①町に広く分布する海成段丘は,津波の際の避難場所として重要であること,②その形成には地盤の隆起が必要であり,地形が変化する際には地震が生じる可能性があること,③避難路の多くは段丘崖であり,地震時や豪雨時には,土砂災害が生じる可能性があること,④町の自然の恵みは長い期間にわたる受けることができるけれど,地形変化が生じるような自然現象は比較的短期間であること,などについて指導している.

また,人間が自然を利用してきた事実と災害とのタイムスケールを考慮した教材についても,学生主体で授業開発を試みている.津軽平野では,明治時代以降に自然堤防を利用したリンゴ栽培が行われているが,この自然堤防は十和田カルデラから噴出した火砕流のラハールに関係して形成された可能性が指摘されている(小野ほか,2012).ラハールがもたらす人的な災害は,おそらく数ヶ月〜数年間であると推定すると,100年以上にわたって活用し続けてきた恵みと,災害を被る時間を把握した上で防災を検討することが可能となる.

このように,災害が生じる地形上に多くの人々がすでに生活の場を求めている現在において,タイムスケールときちんとふまえた自然地理学的,人と自然の関係をより深く検討する統合自然地理学的な知識を学ぶことにより,災害について「正しく恐れる」ことが可能になるのではないだろうか.

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