日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 932
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発表要旨
福井県大野市における湧水の利用と維持管理
*河村 光
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キーワード: 湧水利用, 住民意識, 大野市
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抄録

Ⅰ はじめに

 近年、都市の水環境に対する関心が高まっており、その親水機能が注目され、とりわけ大都市において水環境の活用されている。一方で、生活を通して地域で利用されてきた水環境を保全、活用し地域の活性化を図ることが地方都市においても注目されている。

 本研究では湧水地が多く分布し、生活の中でその利用がされてきた福井県大野市を事例に、住民の生活に密接にかかわっていた湧水が戦後から現在にかけて、その利用形態の変化と住民による維持管理、その必要性を明らかにし、さらに、湧水の利用減少に影響したと考えられる各家庭における井戸の形態の変化について明らかにすることを目的とする。

 本研究では2019年11月19日から21日にかけてポスティング形式で住民にアンケート用紙を配布し、回答を郵送で回収した。アンケートは湧水が密集する大野市市街地中心部の一部の地域と、市街地から外れ生活用水だけでなく農業用水としての利用が考えられる中野清水を中心とした半径250mに配布した。湧水のこれまでの利用については『大野の湧き水「おしょうず」』や現地での聞き取り調査を参考にした。

Ⅱ 湧水の利用と井戸の形態の関係

 各地区の湧水の利用は図1、図2のようになっている。市街地では炊事や洗濯といった生活の中での利用は1970年以降減少している。その一方で、散策と飲用水での利用が増加している。中野清水地区でも同様の傾向がみられ、現在の利用は散策が64.3%を占めている。中野清水は農業用水としての利用が予測されたが、その利用はみられなかった。炊事や洗濯といった湧水の利用の減少には、各家庭が水道として利用する井戸の利便性の向上が影響している。井戸の利用形態は、1950年までは未だ手押し式井戸が主流であったが、1951年以降、電力により水をくみ上げるホームポンプ式井戸へと転換された。市街地で1951年から1970年にかけて、急激にホームポンプ式井戸が普及した。中野清水地区でも1951年から1970年にかけて普及し、1971年以降は手押し式井戸の利用はなくなっている。井戸の利便性向上により水を得ることが容易になり、湧水を利用せずとも各家庭内で炊事や洗濯が完結し、湧水の利用が減少した。

Ⅲ 湧水の維持管理に対する住民のおもい

 湧水の維持管理はその近隣に住む住民によって慣習的になされてきた。清掃活動を行った経験があると答えた住民は、居住年数50年以上のものが多く、特に市街地では長く湧水に親しんできた住民が町会等だけでなく、個人的にも清掃を行っていた。また、住民による湧水の維持管理が必要だと考える住民は、市街地と中野清水地区の両地域で多くいる。その理由は、市街地では観光資源であるからという理由が最も多く、次いで景観の維持、地域または市の宝であるといったものがみられた。しかし、高齢化にともない湧水を維持していくことを負担に感じている住民もあり、住民の中には湧水の近隣に住む住民が行えばよいと考えるものもいる。中野清水地区では景観の維持のためという理由が最も多く、次いで生物環境の維持、地域で守るものであるからといったものがみられた。

Ⅳ まとめ

 大野市における湧水の利用は飲用水と散策での利用が多く、炊事や洗濯といった生活の中での利用は減少しており、これには井戸の利便性の向上によるホームポンプ式井戸の普及が影響している。また、農業用水としての利用慣習的に湧水の維持管理を行ってきたこともあり、住民の湧水を維持管理に対する意識も高い。

 しかし、高齢化にともない住民だけで湧水を維持管理していくには厳しい状況である。湧水の利用が低下し、住民の生活から切り離されていく中で、湧水を今後も維持管理していくために地域ぐるみで対応が求められている。

文献

大野市1988.『大野の湧き水「おしょうず」』

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