日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 832
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発表要旨
明治期作製地籍図からみえる岐阜市街地の道路拡幅
*飯沼 健悟
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抄録

はじめに

拡幅により創設された道路境界の復原,近世における道路景観の復原には,これらの謎解きが必須であることから,拡幅当時の都市計画,土地台帳及び明治期に作製された地引絵図から公図への連続性を紐解き,本研究において検証してみたい。

岐阜市街地における都市計画

明治から大正時代において,市街地が近代都市へと発展するために『市区改正』と称して各地で街区整備が行われている。岐阜市は明治22年(1889)に成立しているが,明治20年(1887)に開業された東海道線から岐阜公園までの道路(現在の国道256号線)を八間道路として拡幅し,それに併せた加納停車場(現在の岐阜駅)の西方への移設が市制前より議論されていた。

明治35年(1902)に八間道路が実現することとなるが,明治44年(1911)には八間道路に路面電車が開通することで,再拡幅が行われた。

太平洋戦争中の岐阜市空襲被災による戦災復興土地区画整理では,矢島町二丁目が被災区域境となり,この幹線道路の被災地側の道路は更に拡幅されて区画整理が行われた。これは復興都市計画事業による拡幅とされている。

区域以北の道路拡幅は,都市計画法による計画道路として昭和50年代に行われ,現在の道路景観となった。

まとめにかえて

本地区の登記所備え付け公図は,複数の事業による拡幅が集約されたものであり,特異な記載はそれが原因であることが明らかとなった。

本研究で,明治期から道路拡幅が行われた区域で,土地境界等の復原を行うためには,明治期作成の地籍図を基に,土地の分割時期,土地台帳規則から不動産登記法へ変遷した手続き方法,そして地籍図の再製,これら特色を考察する有用性が確認できた。

権利関係が複雑となっている市街地において,これら考察を纏めることは,道路境界だけでなく民有地間の境界を復原する際にも効果的な作業であろう。今後は,地区を拡大し研究を深め,検証していくことを課題としたい。

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