日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 315
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発表要旨
様々な主体による保全に向けた取り組みからみた棚田の商品化
*池田 尭弘
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キーワード: 商品化, 棚田, 保全活動, 輪島市
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抄録

1.研究目的

 「農村空間の商品化」をキーワードとして地域活性化の可能性を示す研究が多くみられる.これらの既往研究では,農村地域に展開する様々な事物や営みを観光目的に転用する様子を追認もしくは推奨する立場をとっている.近年はこうした研究動向に対していくつかの批判的な検討もみられる.本発表では,既往研究でも商品化される事物の一つに取り上げられる棚田を事例に検討する.棚田は1999年「食料・農業・農村基本法」の制定を契機として,棚田を中心とした景観そのものが保全対象となり,保全活動が全国的に展開するようになった.保全活動の内容としては,オーナー制度やブランド米,観光利用などが挙げられる.そして,様々な取り組みによって保全されている棚田は,町おこしや地域活性化にも活用されている.多くの研究でも商品としての棚田の役割が示される一方で,商品化の観点から保全活動によって維持される棚田を検討した研究は少ない.そこで本研究では石川県輪島市「白米千枚田」を事例に,「白米千枚田」が商品化される仕組みを明らかにする.とくに「白米千枚田」の保全に向けた政策的支援と,農業者やボランティアなどによる棚田の農業的利用形態を分析することから,公的機関や農業者などの各主体が棚田の保全に向けてどのような役割を果たし,各主体がいかに関わるなかで,棚田の利用が維持されているのかを考察する.

2.研究手順と対象地域

 研究手順としては,まず統計資料や史資料より輪島市及び南志見地区における農業的特徴を示し,「白米千枚田」の保全が求められるようになった背景を示す.次に,統計資料や自治体などへの聞き取り調査から得られた「白米千枚田」の保全に向けた補助事業の実績や文化財への登録などの各種の顕彰に関するデータをもとに,主に公的機関によって行われた棚田の保全に向けた取り組みを分析する.さらに,農業者など棚田を利用する主体への聞き取り調査から得られた利用形態に関するデータをもとに,各主体の棚田利用に至る経緯や現在の利用形態を分析する.これらの分析結果をもとに,棚田の保全に果たした各主体の役割と,諸主体が関わるなかで「白米千枚田」がいかに維持されてきたのかを考察し,「白米千枚田」が商品化する仕組みを明らかにする.そして,農村地域における観光化に関わる諸事象を商品化の観点から読み解く研究の妥当性について批判的に検討する.

 研究対象地域に選定した石川県輪島市南志見地区において,農業専業のみでの生計の維持は難しく,第二種兼業農家が一般的であった.農業の中心は水稲作で,わずかに畑作と果樹栽培が行われていた.経営耕地は減少傾向にあり,農業の経済活動としての役割はより縮小している.

3.保全活動からみた棚田の商品化

 様々な主体による取り組みがそれぞれの役割を果たすことに加え,各主体の取り組みが相互に補完しあうことで「白米千枚田」は保全されていた.保全される棚田の景観は商品化された「白米千枚田」を構成する中心的な要素の一つとなっていた.そして,棚田の景観を維持するために継続されてきた水稲作のなかでも非農業者によって実施されるものは,農業体験という形態での商品となっていた.さらに,「白米千枚田」で生産された米は「棚田米」というブランド米として販売され,「白米千枚田」自体に商品的価値が付与されていた.こうした商品的価値の付与は公的機関による顕彰によってもたらされたといえる.しかし,各種の顕彰は,顕彰の評価対象の一つになっていた「水稲作に関わる営為」に制限を与えていた.さらに,水稲作やイベントの実施は,構成員の高齢化などの課題を多く抱える農業的組織へ依存していた.このように,商品化された「白米千枚田」は課題を抱えながらも,商品の一つとなる棚田の景観を維持するための水稲作の農業体験自体が商品となり,さらに水稲作によって得られた米にもブランド米という商品的価値が付与され,棚田での水稲作を通じた様々な営為を都市住民の消費の対象となるような商品化の連鎖として示すことができる.

 観光化の進む「白米千枚田」の事例から,既往研究と同様の文脈で「農村空間の商品化」をキーワードに地域活性化の可能性を示すことは,持続可能的な発展という側面からは難しいと考えられる.例えば,「白米千枚田」において実施されているイベント「あぜのきらめき」は観光客を惹きつけるイベントとなっている.しかし,観光目的での利用の伸長を図ることは,喫緊の課題となっている水稲作の作業自体には直接的に作用せず,むしろ農作業の負担を増大させているためである.こうしたことから安易に地域活性化の文脈で商品化の概念を適用して観光化を推奨することは得策ではないと考えられる.商品化という概念を慎重に検討した上で農村地域の事象に関する検討を進めることも必要である.

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