日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 407
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発表要旨
地方都市への移住者と多様な働き方
*中澤 高志
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抄録

1.多様な働き方の存在感

雇用機会の創出は,「地方創生」の潮流においても枢要の政策課題と位置付けられている.こうした文脈で「雇用機会」と聞く時,われわれが想起しがちなのは,誘致工場などの資本主義的企業との賃労働関係の下にある典型的雇用である.しかし,2014年経済センサスによると,資本主義的企業とみなせる法人(会社)の従業者は,全国の従業者の69.8%であり,非大都市圏ではこの割合が60%以下である地域が広がっている.「会社勤め」ではない多様な働き方の存在感は,非大都市圏ほど強いのである.

報告者は,政策や学問の領域に根強い典型的雇用を暗黙の前提とする思考を相対化し,地方都市における多様な働き方・生き方の可能性を探求したいと考えている.長野県上田市では,自らなりわいを創り出している若手創業者に焦点を当て,創業者同士のつながりが「なりわい」を存立させる条件となっていること,そうした「なりわい」が利潤追求に還元されない互酬的性格を持ち,地域に社会的包摂や文化的な底上げをもたらしていることを報告してきた(中澤2018,2019).

報告者は,上田市と比べて人口規模が小さく,大都市圏へのアクセスがより困難な大分県佐伯市においても,同様の問題意識に立脚した調査を続けている.本報告では,佐伯市への移住に焦点を当てて,多様な働き方をしている人たちの特徴を描き出す.

2.対象地域ならびに調査概要

現在の佐伯市は,2005年に南海部郡8町村と旧佐伯市の合併によって誕生した.人口70,708人(2019年12月末)の小都市であるが,その面積は九州の市町村で最大である.造船業や水産加工業が盛んであるほか,高齢化した地方都市の例にもれず,女性では医療・介護の従業者割合が高い.市域の人口は最大期から約4万人減少し,同時に旧佐伯市への集中を強めてきた.

佐伯市において多様な働き方をしている人に対する調査に筆者が本格的に着手したのは2019年3月からであるが,それ以外にまちづくりに熱心な有志が企画・実行しているイベントなどにたびたび参加してきたほか,毎年学生を佐伯市に引率している.そのため,1時間程度のまとまったインタビューを実施したのは15人ほどであるが,それ以外の人との会話やフィールドワークからも多くの情報を得ている.本報告では,20〜40歳台の自営業者と地域おこし協力隊員の事例を中心に取り上げる.

3.佐伯市の取り組み

佐伯市の取り組みにおいて,多様な働き方ととりわけ関連するのは,地域おこし協力隊と創業支援事業である.佐伯市は,地域おこし協力隊を積極的に採用している.任期満了後も佐伯市に住み続けるための「なりわい」を確保してほしいとの思いから,協力隊員に対してかなり柔軟な働き方を認めている.それが功を奏し,協力隊員のかたわらドミトリーの経営やカキ養殖に携わっている事例のほか,佐伯市議会議員に転じた人もいる.

創業支援事業は,市の創業セミナーか商工会の経営指導を受けることを条件に,創業資金の一部を補助するものである.佐伯市『総合戦略』のKPIでは,起業・創業支援施策による創業者数を2019年度までの累計で25人としていたが,創業資金の受給者は2019年12月時点ですでに143人に達した.創業者は30〜40歳台が約2/3を占め,市外での生活を経験した人が多いという.

4.多様な働き方をする人々と移住

対象者のほとんどは自分か配偶者が佐伯市の出身であり,Iターン者だったのは地域おこし協力隊員のみであった.また,出身地に関わらず,ほぼすべての人が進学や就職に際して出身地外に他出した経験を持っていた.女性の場合,他出の意思決定の背景に「都会」での生活への憧れが見て取れ,従事していた仕事にもこだわりが感じられる.一方男性には,現業職を転々とした事例や,ミュージシャンや映像制作を目指して大都市で生活していた事例なども見られる.

女性の場合,大都市圏での生活の中で「素の自分」と現実の働き方・暮らし方との乖離が次第に大きくなり,転職に踏み切ったり,地元に帰還したりする傾向にある.結婚や子どもの誕生が,夫婦どちらかにゆかりのある佐伯市に移住する契機となっていることは男女に共通するが,男性の場合,生活の拠点を落ち着ける意味合いがより強い.また,佐伯市出身で実家が自営業をしていた人の場合では,そのまま次ぐ形ではないにせよ,多かれ少なかれ,それを「なりわい」の基礎に据える形でUターンしていた.

文献

中澤高志2018.地方都市の若手創業者が生み出すもの—長野県上田市での調査から—.2018年人文地理学会大会.

中澤高志2019.若手創業者を支える内と外のネットワーク—長野県上田市での調査から—.2019年日本地理学会春季学術大会.

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