日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 916
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発表要旨
日本の都市部におけるシェアサイクル運営の課題
*鈴木 美佳
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抄録

ヨーロッパから始まった自転車の共同利用システムであるシェアサイクルは日本においても近年広がりを見せているが、途中で事業中止となってしまう事例も少なくない。先行研究は具体的な1つの事例に関する利用分析や、ポートやステーションと呼ばれる自転車の貸出/返却場所の配置に関する研究が主である。しかし、複数の事例を比較調査したものはほとんど見られず、普遍的な課題について言及できているものは少ない。そこで本研究では、中止事例の分析から各事例に共通する課題を探りだし、複数事例への聞取り調査を通じて高回転率事例の特徴を明らかにすることで、日本におけるシェアサイクル事業の課題と考えうる対策を提示する。

 まず中止事例の分析から共通する課題として回転率の低さが挙げられる。回転率とは全体的な利用頻度を表す数値であり、これが低ければ事業収入も低く、自転車のメンテナンス費用や人件費を賄うことができない。次に中止事例と高回転率の事例を比較すると、明らかに高回転率事例の方が大規模であることがわかった。また、先行研究で指摘されていた、ポート密度と回転率の間に正の関係があることも高回転率の20都市の分析から確認できた。

 次に、3つの高回転率事例に関して運営主体に聞取り調査を行った。聞取りから明らかになった運営方針と、各事例における利用状況を比較し、実態に即した運営となっているかどうかを検討した。その結果、3事例のすべてにおいてシェアサイクル事業を本格導入するまえに試験的な運営を行い、地域の移動方向の需要や主な利用者層を分析したうえで、ポート配置や料金などを設定していることが明らかになった。利用データから地図化した移動パターンを見ると運営側が述べた通りの移動状況となっており、現在でも利用状況の分析を通してこまめにポートの撤去/新設/移動などを行っているとのことであった。また、通勤・通学などの定期利用者が多いと市内の中心となる駅をハブとした移動パターンとなり、観光利用が多いと観光施設の分布に沿って移動パターンも多岐にわたることが明らかになった。

 一方で高回転率の事例においても課題があり、それは1回の利用料が安いため、シェアサイクル事業単体で採算をとることは難しいということである。海外の事例では屋外広告権と引き換えに広告会社に運営を一任している事例も見られるが、屋外広告規制がそれほど厳しくない日本ではそのような運営方法は期待できない。また、シェアサイクル事業が交通全体にもたらす影響は小さく、数値としてその効果を提示できていないため、補助金などの需給も徐々に難しくなっていくことも課題として挙げられる。

 まとめとして、日本におけるシェアサイクル運営には主に以下の2つの課題がみられる。1つ目は利用率が低いことであり対策として、地域の需要分析をおこない、運営主体や導入目的、行政からの支援の有無などを定めたうえで、導入目的に沿った運営を行うことが挙げられる。低回転率事例の多くはシェアサイクル事業の導入自体が目的となっている場合が多く、上述したような詳細な点を深く検討できていない。その点、高回転率の事例では社会実験を行うことで、上記の点について詳細に検討することができていた。

2つ目の課題は、シェアサイクル事業自体の収入が低水準であることや、交通全体で考えたときの影響が小さいということである。数値にあらわれる影響が小さいため事業の効果がわかりづらく、実施主体としても事業継続を決定しづらい状況にある。回転率が高いという事実や、運営主体側の「地域の短距離移動を担っている」という実感をどう定量的に示していくのかが今後の課題である。また、シェアサイクルを公共交通の一部として捉えるのであれば、他の公共交通機関と同じように行政側からの資金援助や公有地の提供、自転車専用レーンの整備などといった支援も制度化していく必要があり、現状のままでは人口規模の大きい大都市以外でシェアサイクル事業を継続することは難しいといえる。

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