日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 220
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発表要旨
長崎県対馬市の産業構造と観光業の現況と将来像に対する経済地理学的分析
*前田 陽次郎
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抄録

1.はじめに

 対馬市への韓国人旅行客が年々増え続け,2018 年には年間40万人を越え,さらに増え続ける勢いだった.

 ところが日韓関係の悪化に伴う韓国内での日本旅行自粛ムードのために2019 年7 月から旅行者が激減し,2020 年に入っ

ても近年の勢いが戻るような雰囲気は全く感じられない.

 本発表では,この韓国人の激増・激減が地域に与えた影響について分析し,今後の地域政策を立てる際の考え方を提示する.

2.韓国人観光客の動向

 対馬で韓国人観光客が激増したのは,釡山から近いため旅行時間が短く運賃も安いことが最大の理由だ.

 もともと釡山と対馬を結ぶ主要な航路は,韓国の船会社が運航する釡山港と対馬南部の中心地厳原港間の航路であった.

 2011 年に起こった東日本大震災の影響を受け,韓国から日本に来る観光客が激減した.そのため博多港と釡山港を結んでいたJR 九州高速船(株)のジェットフォイル便が,旅客の減少による収益悪化を抑えるために,博多港便を減便し釡山から一番近い対馬北部の比田勝港と釡山港を結ぶ路線を開設した.

 この路線は所要時間が70 分から90 分と短く,低価格で気軽に日本を訪れることができると評判になり,韓国国内で対馬旅行が大流行した.

 韓国人の対馬旅行は日帰りが多いという特徴がある.免税店での買い物が主目的ではあるが,それでも昼食は対馬で取る.比田勝地区はそれほど大きな町ではないため,比田勝地区の飲食店は大混雑し地元の人が食事も取れない状況になった.

3.対馬における観光業の現況

 助重(2007)が2006 年頃の韓国人受け入れに対する島の状況を調査している.対馬ではこの時期の入国者数に対してでも十分な受け入れ態勢ができていなかった.

 2012 年以降の入国者急増を受け,日本資本の大手ビジネスホテルチェーンが2017 年に厳原(246 室),2019 年に比田勝(243室)へ新規開設したが,現在十分に稼働できていない.

 一方韓国資本の免税店は数軒開業しているが,地元住民でそこまで大きな投資をしている人は少ない.観光客が激減しても以前の対馬に戻っただけだと冷静に受け止める住民も多い.

4.対馬市の産業構造

 柴田(2017)によると,対馬市は長崎県内の他の離島地区と比べて漁業就業者が多く、自衛隊がある関係で公務も多いという特徴がある.国内他地区の周辺地域と同様に建設業従事者も多いが,そこから観光バスの運転手に移動しているケースも見られる.

5.対馬経済の将来像

 現在にように日韓関係が悪くなっても,韓国との交流は避けられない,続けていきたい,と思う市民が多い.

 地理的条件を考慮すると,日本の周辺地域として将来を考えるよりも,高木(2018)が指摘するようなポジショナリティ・シフトにより,日本の周辺地域から国境に接する通過点・結節点としての位置づけを強くし地域振興を図ることが求められる.

 また観光だけを経済のメインとするのではなく,現在の産業構造をベースにして徐々に観光の比率を高くすることを,島の長期計画の中では考えなくてはいけない.

文献

柴田弘捷 2017.国境離島対馬の住民と就業の場.専修大学社会科学研究所月報 649・650.57-71.

助重雄久 2007.長崎県対馬におけるインバウンド観光の展開と課題.平岡昭利編著『離島研究III』113-128.海青社.

高木彰彦2018.ポジショナリティ・シフトと九州経済のダイナミズム.九州経済調査月報 884.32-34.

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