日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 320
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発表要旨
少数民族の農外就業と凝集力
—中国雲南省鶴慶県におけるペー族村落の事例—
*雨森 直也
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抄録

1. はじめに

現在の中国農村では、多くの家庭で耕地面積が不足し、農業以外の就業(農外就業)が引き続き必要な状況に変化はない。それに加えて、中国において農作物の値段は他の物価に比べて非常に廉価である。筆者は本稿で事例とする村落で調査を始めて10数年の月日が過ぎたが、それらの値段はわずかに上昇しただけである。その一方で、農作物以外の物価はこの10数年間で大きく上昇し、出稼ぎ労働者の賃金は地区や職種によって異なるが、2倍から5倍になった。つまり、農村に居住する家庭が現金収入を補う上で、農外就業はより重要になっている。

その一方で、中国の多くの少数民族にとって、農外就業は自身の村から出る行為にほぼ等しく、村落から出るという行為は、漢族や近隣に住む他の少数民族の暮らす場所、つまり他者の地に出かけていくことにもほぼ等しい。彼らの農外就業がどのような職種にどういったまとまりを有するのかを知ることは、中国社会における少数民族のエスニシティ、そのなかでも彼らの外に向かう表象ではなく、内に向かう力を考察するうえで重要な手がかりとなるに違いない。

そこで、本稿では雲南省大理白族(ペー族)自治州鶴慶県のペー族が主に居住する1村落を事例として、彼らの農外就業にみる凝集力について検討を加える。ちなみに当該村落では、1981年に行われた「家庭联产承包责任制(生産責任制)」による田畑の利用権の分配以降、村の行政をつかさどる村公所主導による農地の再編は行われていない。

2.地域概観と農業

当該村落は457世帯およそ2000人余りが暮らしており(2020年現在)、村住民も周辺村落からもペー族の村落だと認知されている。県政府が所在する県内最大の街からおよそ4kmに位置するため、バイクや自家用車(電動のものを含む)によって日帰り通勤は可能な位置にある。

当該村落の農業は、水稲耕作を中心にトウモロコシ、桑(養蚕を含む)を栽培し、冬季には裏作としてソラマメ、ニンニクを栽培している。養蚕は商品作物であり、国有企業や民間企業に繭を売却することで現金収入を得ることができるが、近年は市場価格の低迷により買取価格もまた低迷し、養蚕をやめる家庭が少なくない。他方、近年では日本にも多く輸出されている一片種ニンニクを買い付ける業者が冬季だけ契約栽培(全量買取)を村住民に持ち掛けている。その耕作面積は村住民との単年契約によって成り立っており、一片種ニンニクの耕作面積は毎年一定せず、一概に耕作面積を述べることはできないが、村住民の話では数百畝(1畝≒6.67a)にもおよび、いまや無視できない耕作面積になっている。

3.当該村落の農外就業とその凝集性

当該村住民の農外就業は、伝統的に大工、石工、木工彫刻などといった建築関係の職種である。今日、彼らの農外就業は上記の職種だけではなく、様々な職に幅を広げつつある。その中で、経済の発展とグローバル化の進行、現政権による様々な規制変更、2018年以降、足もとの景気がやや悪かった上に、期せずして始まった2020年1月から2月にかけて発生したコロナウイルスの流行による各種規制など様々な影響を受けていた。

村の建築関係の農外就業では、自営の者がわずかに廃業したものの、多くは続けていた。ただし、石工については多くが廃業したり、引退を早めたりしていた。他方、飲食店や理髪店の経営といった当該村において決して多くない農外就業では、小規模な資本が一部で毀損し、彼らは転職を余儀なくされていた。そうした彼らの受け皿として浙江省での工場労働が増えていた。そうした彼らが向かった先は浙江省でも台州市に集中しているようであった。しかも彼らの就労先は、雇用先の給与待遇のめまぐるしい変化によって、頻繁に変化しているようであり、彼らはそうした情報網を現地において構築することで、より高い収入を得ようとしていた。

4.おわりに

本稿の事例から、ペー族による凝集力は農外就業の少なくない変化にもかかわらず、依然として強いものであった。その一方で、同県のペー族が主要な役割を担い、3000人にもおよぶ多くの雇用を吸収している銀匠については、当該の村住民はそれほど従事していなかった。銀匠は一人前になれば、給与待遇の面でも工場労働と比べて高く、労務環境も悪くない。それにもかかわらず、当該の村住民は決して多くない。この点は、ペー族に内在する凝集力の点でも不可解な点であり、今後の課題としたい。

最後に、2008年前に実施した農外就業の資料と突き合わせることで、13年間の農外就業の変化を考察していきたい。

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