日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 235
会議情報

発表要旨
長野県における“ひとりもんジャンケン”の掛け声と用途の地域的差異
*遠藤 なつみ
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

ジャンケンは世代を問わない身近な遊戯であり,その種類や掛け声は非常に多様で,分布には地域差がみられる。ジャンケン全般の研究としては,加古(2008)が1948〜2001年に全国のジャンケンの種類や掛け声などを,都道府県レベルで記録している。また多くの自治体史では,一般的なジャンケンの掛け声を方言や子どもの遊びの記録としてまとめている。特定のジャンケンでは“2チーム分けジャンケン”が方言研究の立場より多く研究されており,小学校区レベルの言語地図を作成し,掛け声の地域差や語形の変容に着目している(山田2007;佐々木 2012ほか)。

本研究で取り上げる“ひとりもんジャンケン”は1回もしくは少ない回数で,大人数の中から1人だけ異なる手形を出した人が鬼などになる方法である。加古(2008)は,長野・山梨・島根・広島・徳島・高知の6県で使用されていること,掛け声は8種類でさらに3分類でき,長野県のみ2分類の掛け声がみられることを明らかにした。本研究では,長野県を対象とし,“ひとりもんジャンケン”の掛け声や使用展開、用途などの地域的差異を明らかにすることを目的とする。

研究では,“ひとりもんジャンケン”の使用や掛け声などを調査するため,2018年11〜12月に長野県内の国公立小学校362校にアンケートを郵送し,249校(67.9%)から返信を得た。アンケートの対象者は「普段の子どもたちの生活の様子をよく知っている学校職員」としたため間接的な回答ではあるが,おおむね子どもたちについてのデータを得られたと考える。ほかに,“ひとりもんジャンケン”の使用などの世代差を明らかにするため,2017〜2019年にかけて,県内小学校出身の全ての年代を対象に,幼少期に使用していた掛け声の聞き取りを行い,346人から160校分のデータを得ることができた。以上のデータを小学校の位置に図示し,分布とその地域的差異を考察した。

2018年のアンケート調査より,“ひとりもんジャンケン”の使用は全体の約34%の小学校であった。その使用は南信と中信に集中していた。確認された掛け声は42種類であり,5タイプに分類できた。掛け声は地域ごとに異なり,「ひとりだし〜」タイプは飯伊・上伊那,「あいてのないもの〜」タイプは松本・諏訪・大北・木曽・上伊那に集中する。「なかまのないもの〜」タイプは非常に少数であり,上伊那・松本・長野と分布もまばらであった。「ひとりなし〜」タイプは上伊那のみであった。県内小学校出身者の聞き取りからも,掛け声は5タイプに分類できた。

調査データよりグロットグラムを作成し,長野県の“ひとりもんジャンケン”の年代・地域別の掛け声、伝播などを考察した。使用は全年代を通して南信・中信に集中し,前半の掛け声は「ひとりだし〜」と「あいてのないもの〜」タイプが主流である。前者は飯伊,後者は松本や諏訪に集中し,両者の接触地域にあたる上伊那では2タイプ以外に「なかまのないもの〜」や「ひとりなし〜」タイプもみられ,複数の掛け声タイプの併用があるなど,最も多様性に富む。また,掛け声の使用開始時期が地域で異なっている。県内の使用は1930年代まで遡ることができ,飯伊で「ひとりだし〜」,上伊那で「あいてのないもの〜」タイプが使用されていた。1960〜1970年代頃では使用範囲が拡大し,「ひとりだし〜」タイプは上伊那,「あいてのないもの〜」タイプは松本へ拡がり,その後,大北や木曽に拡がったと考えられる。飯伊と上伊那,松本を核とし,周縁部へ連続的に伝播したと推察する。一方で使用率の低い北信・東信では,核となる地域からの移動による飛び地的な伝播であると考えられる。

後半の掛け声では,両調査より39種類が確認でき,「鬼」という語を含む掛け声と,その他の語を含む掛け声とに大きく二分できた。前者は長野県全域でみられるが,後者は「ひとりだし〜」タイプを多用する飯伊に集中していた。

用途などの詳細な事項を聞き取ることができた52名分のデータより掛け声と用途をまとめた。用途の大半が鬼決めで用いられ,そのほとんどの掛け声に「鬼」という語が含まれる。その他の用途としては,当番や係,順番,人気のある事柄を獲得できる人を決める際に用いている。また,「ひとりだし〜」タイプは,効率性のほか遊戯性を求めた使用もみられ,掛け声や用途は非常に多様性に富む。「あいてのないもの〜」タイプは,鬼を決める以外の用途ではほとんど使用がみられず,マイナスな事柄を決めるイメージを持つ人が多い傾向にあり,「ひとりだし〜」と「あいてのないもの〜」タイプの性格は明瞭に異なっていた。

著者関連情報
© 2021 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top