主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2021年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2021/03/26 - 2021/03/28
Ⅰ はじめに
日本において,地方財政学者を中心に地域間の経済格差が問題視されるようになったのは1950 年代のことである.その後,1980年代に財政地理学を展開し,地方財政問題に地理学的視点を導入する意義を示したBennett(1980)を端緒として,国内外を問わず,多くの地理学者が地域間の経済格差と地方自治に関心を向けてきた.日本の地理学においても,地方財政を取り上げて地方交付税や公共投資に焦点を当てた研究例はあるが,その関心は,財政力の豊かな大都市圏よりも,財政運営の苦しい地方圏,特に小規模な自治体に対して向けられることが多かった.一方で,大都市圏に注目すると,景気悪化および地方税の徴収率の低下による税収減少の影響が大きいという財政問題が存在する.しかし,日本の地理学で地方税の徴収率を扱った研究は存在しない.地方税の徴収率は大都市圏の内部で大きな地域差があるため,徴収率の地域差は地理学の立場から取り上げる必要のある領域であり,地理学的アプローチを用いて検討していくことが有用である.
そこで本研究では,拙稿(佐藤2021)で検討した東京大都市圏の基礎自治体を対象とした計量分析による地方税の徴収率の規定要因とその空間パターンを踏まえて,低徴収率地域の自治体の行財政運営で生じている問題を明らかにする.さらに,低徴収率地域の自治体での徴税政策の現状と問題点を検討し,政策的なインプリケーションを示す.
Ⅱ 分析対象地域と研究方法
本研究における分析対象は,東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県の1都3県の基礎自治体とした(島嶼部および税制度が異なる東京23区は除く).研究方法は,徴収率の空間パターンおよび規定要因については,空間的自己相関の指標であるMoran’s I統計量とローカルMoran統計量,地理的加重回帰分析などを用いた(分析の詳細については拙稿(佐藤2021)を参照).さらに,低徴収率状態にある自治体の行財政運営で生じている問題については,各自治体の財政資料をもとに分析した.低徴収率地域の自治体における徴税政策については,市町村議会の議事録や市町村の税務担当課へのヒアリング調査をもとに検討した.
Ⅲ 結果と考察
本研究から得られた知見は,主に以下の3点である.
①地方税の徴収率が低い自治体は貧困問題に関わりのある指標と有意な関係性があることが明らかになり,GWRでは60%程度の説明力が認められた.ローカルMoran統計量の分析を通して,有意に低徴収率が空間的に連続する地域(クール・スポット)が検出された.また,GWRにより徴収率を規定する要因には地域差があることが示唆される.②低徴収率地域の自治体では,平均的な自治体と比較して民生費などの歳出が少ないが徴税費は多く,正しく納税している住民の不利益が増している.また,低徴収率の自治体と高徴収率の自治体では歳出(公共サービス)に対する滞納額の割合には最大で3%程度の差異があり,特に都県境や政令指定都市に隣接する自治体では徴収率の低下による負の影響が大きい.低徴収率地域の自治体では景気変動や徴収率の低下による歳入の減少に対応する形で,主に土木費や投資的経費を削減し,地方債を用いることで財政危機を乗り切ってきたと推察される.③住民の社会経済的な属性や納税意識に変化が起こらないと,長期的な徴収率の向上は困難である.政策的なインプリケーションとして,徴収率の空間パターンと規定要因を踏まえて,地域住民の傾向に応じた徴税政策を実施することなどが挙げられる.
参考文献
佐藤 洋2021.大都市圏における地方税の徴収率の規定要因と空間パターン—貧困問題との関係を中心に—.地理学評論94:17-34.
Bennett,R.J.1980.The Geography of public finance:Welfare under fiscal federation and local government finance. London:Methuen.