主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2021年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2021/03/26 - 2021/03/28
シンポジウム「地理・社会科授業実践に必要な教師の力量とその養成−グローバルな教員養成論から考える−」において,筆者に求められたものはグローバルな視座から教員養成の動向を討議し,今後の日本の教員養成への展望を得ることである。そこで本発表においては,国際的プロジェクトであるジオ・ケイパビリティズ(GeoCapabilities)の動向を踏まえ,これから必要とされる地理教師の力量は何かを明らかにし,その養成のための提言を行ないたい。
第1 期( 2012-2013年)において構築された理論的枠組は,「ケイパビリティ(capability)」,「力強い知識(powerful knowledge)」,そして「カリキュラム・メイキング(curriculum making)」から構成されている。中でもカリキュラム・メイキングは,プロジェクトを主導するD. Lambertらが以前から主張してきた地理教育におけるカリキュラム構成論である(Lambert&Morgan,2010)。カリキュラム・メイキングでは, 教科・教師・生徒の3つのエネルギー源が,相互作用し, 互いに依存し合い形でカリキュラムが構成される。そこに教科の部分をより明確にするため,教育社会学者のM. Youngの力強い知識が用いられている。Young(2014)によれば,学校教育にて教えるべき知識は,経験を得られる常識的知識ではなく,体系的・専門的な知識であり,それは学問を基盤とする。
第2 期(2013〜2017年)では責任のある自律的な教育専門家,すなわちカリキュラム・メイカーとしての地理教師を養成すること目指した。そこで用いられた方法が力強い地理的知識を用いたビネットの開発である。ビネットの開発を通して,教師は自分の授業においてどのような力強い地理的知識を,どのように用いているのかを考えることができる。また,欧州連合コメニウス資金によりプロジェクトが遂行されたことで,ヨーロッパの各国からの参加とその影響が見られる。特に,注目すべきものはスカンジナビア諸国やドイツ語圏に広く伝わる伝統的な考え方である「教授学(didactics)」もしくは「教科教授学(subject didactics)」である(Bladh, 2020)。この概念により,教える知識だけではなく教える目標までを考慮する教師の役割がより強調されるようになる。
プロジェクトは2018年から第3 期に入り,「移民(migration)」を題材として社会正義のための授業実践を目指している。これまでのプロジェクトが3つのエネルギー源のうち教科と教師に焦点を当てたとすれば,今回は生徒に注目しているといえる。教師の第一責務は授業実践であり,自分が教えている生徒のことを考えることは当然であろう。学習内容として力強い地理的知識は必要であるものの,それを生徒へ伝えることは簡単ではない。地理的知識が力強くなるためには,実際の世界を理解することができる知識でなければならない。そこには学校で教えられる知識を日常的知識と結びづける必要があり,何より生徒が自ら地理的に考えることができるようにすることが大切である。そのため,力強い授業づくりにおいては,力強い知識だけでなく,「力強い教授法(Powerful Pedagogy)」をも必要になる(Roberts, 2017)。
地理教育における教員養成の国際的動向を踏まえれば,これからの日本の教員養成においても力強い授業を創り出す力を持つカリキュラム・メイカーとしての教師を育成することが必要である。そのため,親学問である地理学とそれを教えるための教授法を合わせた地理教育学が求められる。