日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 238
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発表要旨
英語圏の地理学における男性身体研究の動向
*大塚 隆平
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キーワード: 空間, 男性身体, 感情, 男性性
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抄録

本発表は,英語圏の地理学において大きく注目されている男性身体にかかわる研究のレビューを目的とする.

 この分野の草分け的な実証研究として,Jackson (1994) は,イギリスのメディア空間における飲料水広告を対象に,黒人の男性身体がどのように表象されているのか検討した.ニュージランドを事例に,Longhurst (2001) は,男性身体の弱い側面を探るため,健康な異性愛の白人男性が,家庭内のトイレとバスルーム空間での過ごし方を如何に語るのか考察し,Longhurst (2005) は,胸部が肥大化した男性が,プール,ビーチ,更衣室などの公共空間でどのような経験をするのか分析した.Janssen (2005) は,ロシアとアメリカの刑務所という空間において,男性囚人の身体に刻まれたタトゥーが,どのような意味を持つのか論じた.また,Atherton (2009) は,イギリス陸軍において,どのような男性身体が作られるのか検討した.

 ゲイ男性に注目した研究として,Childs (2014) は,アメリカを事例に,International Mr Leatherというイベント空間で,皮製品を着用した男性身体は如何なる意味を持つか,そこではどのような「男らしさ」が求められているのか論じた.Bonner-Thompson (2017) は,イギリスのニューカッスルをフィールドに,マッチングアプリというネット空間におけるプロフィール画像が,どのような男性身体のイメージを表象しているか分析した.

 この分野における近年の潮流として,感情への着目がある. Gorman-Murray (2013:139)は,「身体は,自身のアイデンティティと間主観性が出会う「個人的な空間」で,感情が生成,受容,経験される感覚的な場である」と捉えた.その上でオーストラリアのシドニーを事例に,ホワイトカラーでパートナーのいる男性が,家庭という空間で精神的健康 (emotional wellbeing) を保つため,どのように身体を管理するか論じた.Hopkins and Gorman-Murray (2019) は,地理学における男性研究では,感情面を,身体と健康,体型,介護と育児,宗教と信仰における経験から分析する必要性があると指摘した.これらは現代の社会空間における男性身体を分析する上で,不可欠な視点といえるだろう.しかし,異性愛男性のセクシュアリティについては,分析の重要性を指摘するにとどまり,実証的な研究は十分に取り組まれていない.このような課題はあるものの,英語圏の地理学では,男性身体と空間の関係性を,メディアの表象分析やインタビュー調査などから,多角的に考察する試みが進められている.

 一方,日本の地理学では,男性身体について論じた研究はほぼ皆無である.例外的に,村田 (2009) は,日本のたばこ広告を事例に,男性身体の表象と空間の関係性を論じているが,表象分析に留まり,自己の身体に劣等感を持つ男性の具体的経験には触れてない.発表者は,これらの問題を踏まえ,異性愛男性のセクシュアリティにかかわる問題のひとつである童貞(male virginity)に注目し,彼らの身体経験を,感情面に着目しながら,主にインタビュー調査を通じて地理学的に研究することを今後の課題としたい.

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