1.はじめに
地理や歴史の教科書の出版元として長年知られている山川出版社が、都道府県別に「○○県の歴史散歩」というシリーズ本を発行している。この書籍は、日本の各地域における歴史や地理を概観するうえで非常に有用であり、地域学習や巡検といった学校教育を進めたり、あるいは趣味や観光での歴史散歩や街歩きを楽しんだりといった様々な活動に活用できる。
今回の研究ではこの「全国歴史散歩シリーズ」の、情報としての特徴や注意点を整理する。
2.「全国歴史散歩シリーズ」の概要
本シリーズはまず、1970年代半ばに文庫本サイズの「全国歴史散歩シリーズ ○○県の歴史散歩」として発行されたものが初代である。改訂された「新全国歴史散歩シリーズ」は、新書サイズとして1990年代前半を中心に刊行された。そして、再度改訂された「歴史散歩」シリーズはワイドな新書版サイズで2005年から10年弱の間に発刊された。基本は各県別に独立した一冊、情報量の多い都市部の都道府県では上下巻などとしている。
本シリーズが初代から現在の再改訂版まで画期的である点は、都道府県別に全国を網羅する形で、ある程度統一性が図られた情報を載せているという点である。各地の歴史や地理に関する書籍は世にあまたある一方で、全国全ての場所を同じ程度の情報の種類、精度、分量、記載方法で見比べることができる本シリーズは、情報を入手しづらい遠隔の複数地域について理解を深めたり、複数の選択肢から学習や観光を行う地域を比較しながら選ぶといった使い方が可能であった。また、もう一つ特筆すべき特徴は、「歴史散歩」とタイトルに銘打っているだけあって、地図を多用して実際に現地を訪ねやすくなるための情報を配するように注意を払っていた点である。特に新版ではシリーズ内のほとんどの巻において地形図がベースに使われていたことで、単なる歴史上の知識のみならず、地形図の読図ができる者にとってはその地域のさまざまな地理的情報を簡単に取得しやすく、地域学習や学校教育への応用も容易であった。
3.「全国歴史散歩シリーズ」の情報の特徴
本シリーズの情報の特徴として、それぞれの地元に詳しい高校教員を中心とするグループが執筆したことで全国を網羅でき、かつ信頼性の高い情報を載せることに成功した点が挙げられる。しかし、本シリーズ記載の膨大な情報の一部を現地で検証していくと、数としては少ないものの不正確な情報も含まれ、かつそれが特定の地域の記述に現れがちであることが明らかになった。また、地形図を多用し、かつ初代よりも地図を大幅に増やした新版は画期的であったものの、地図上の位置表示の間違いも若干見られる。これは、多人数の執筆陣の中でモチベーションや地図の読解力に差があった点、そして実際に執筆者が現地確認した情報であるのか徹底できず、執筆者以外の第三者や編集部による検証が難しかった点に限界があったと考えられる。これらの問題は、新版より再改定版ではかなり改善されている。
また再改訂版では時代の変化を反映して、従来は薄かった近代化遺産に関する情報がかなり盛り込まれるようになった。
4.まとめ
インターネット時代の現代にあっても、信頼のおける均質な情報を全国津々浦々の地域で取得するのは難しく、インターネット上の地図は便利であっても、歴史や地理的な情報が網羅された地図が全国津々浦々で得られるわけでもない。それゆえに本シリーズの意義は未だ色褪せていないし、特定の観光地に集中しない外出が求められるコロナ禍の中では、安全に楽しめる外歩きを実現するための情報ソースとしても活用が期待される。