日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 236
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発表要旨
時空間ランダムウォークモデルによる感染対策の検証
*一ノ瀬 俊明田 丹鶴李 一峰
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抄録

2020年4月7日に首都圏を中心とする7都府県に対し新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する「緊急事態宣言」が発令された.そこでは「人と人の接触機会を8割削減する」ことが強く求められている.この「8割削減」は感染症の数理モデルによるシミュレーションにもとづいて算出したものとされている.関連の報道をみる限り,ここでは感染症の短期的な流行過程を決定論的に記述する古典的なモデル方程式であるSIRモデル(Kermack and McKendrick, 1927)をベースとした数理モデルが用いられているものと考えられる.SIRモデルにおいては一般に,感受性保持者Sは感受性保持者Sと感染者Iの積に比例して定率で感染者Iに移行し,感染者Iは定率で免疫保持者Rに移行すると仮定され,この時間発展は常微分方程式で記述される連続力学系として表現される.しかし現実の感染拡大は特定対象地域における二次元の空間で生じるものであり,マクロな微分方程式系の計算のみで得られた結果を直感的に理解することは容易ではない.よって本研究では,こうしたメカニズムを直感的に理解しやすい形で示すことを目的に,特定対象地域の二次元空間(地理空間)におけるランダムな人の動きをランダムウォークモデルで表現し,接触する二者の間での感染を計算するモデルを構築した.またこれを用いて,現在提唱されている「8割削減」の有効性検証を試みた.

本研究では人同士の感染に関わる個別プロセスのミクロな評価を行うため,外界から孤立した正方形の島(孤島)を想定し,10×10のグリッドのそれぞれに1人の人口(島民)を配置している.つまり,100のグリッド上において初期感染者を含む100人の島民がランダムに動きながら感染を広げていくランダムウォークモデルにより,人の動きを近似しようというアイデアである.1番から100番までの番号を付された島民は,1タイムステップごとに一定のルールでグリッド間を移動する.元のグリッドに留まるケースも含め,ここでは周辺9つのグリッドのそれぞれに,9.00〜12.25%の確率で移動するものとしている.初期感染者としては,孤島のほぼ中央に位置している5つのグリッド上の島民を設定した.以降のシミュレーションにおいては,これらの島民のうちのいずれかと同じグリッドで鉢合わせた島民は,設定された確率で接触・感染するものとしている.

モデルの基本的な挙動が想定されたものに近いと確認できたため,以下ではグリッドを100×100,人口を10000人に拡張した場合の結果について論じる.また,最終タイムステップを100まで拡張した.最終タイムステップに至るまでの感染拡大を,複数のシナリオ間で比較したところ,接触や感染後の移動に制限を加えないケースでは,爆発的な感染拡大がみられるものの,シミュレーションの終盤では未感染者も少なくなるためか,感染者数の伸びには頭打ちの兆候がみられる.また,感染後の移動に制限を加えずに接触だけを8割削減した場合は,感染者数の拡大を抑える効果がみられる.さらに,接触を削減せずに感染後の移動に制限を加えた場合は,10000人でのシミュレーションにおいて感染者の比率が1.25%以下に抑えられている.感染者の隔離(移動制限)も接触の削減もともに重要であり,とりわけ移動の制限効果は大きいと判断される.

最終タイムステップにおける接触削減率ごとの感染者比率を比較したところ,感染後の移動を制限しない場合,接触を9割削減では感染拡大をほぼ封じ込めた結果となっていた.

なお本研究では感染後の隔離を「移動の停止」や「系からの削除」という形で表現していないが,本研究で示した時空間ランダムウォークモデルによる数値シミュレーションの結果も,異なるアプローチで導き出された「8割削減」の合理性を支持しうるものであった.

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