1990 年代以降、EU においては、単一市場が形成され、加盟国が増加するにつれ、従来の自然増減に代わって社会増減が個々の地域における人口動態に大きく寄与するようになったとされる。社会増減をもたらす人口移動は、EU 域内外間で、そして EU 域内の多様なスケールで行われ、そのあり様は、今日の都市だけではなく農村の性格を形成し変化させているといえる。本報告は、現代の EU における人口移動の活発化をモビリティの増大として捉え、農村の持続性にとって重要であると考えられる農村への移住を中心に、都市・農村間の人口移動の実態を明らかにすることを目的とする。
EU においては、ライフパスにおける居住地選択においても、日常における就業やレクリェーションにおいてもモビリティが高まっている。そして、こうしたモビリティの増大は、都市に隣接した農村のみならず周辺農山村を包含しつつ生じていると考えられる。2000 年代以降の EU 域内における東欧の新規加盟国からの国際的な人口移動は、都市や農村から農村への移動である場合も多い。こうした移動は、雇用と結びついた経済的な理由によるものが多いが、加えて、今日、非経済的な動機による農村への移動もみられる。この移動は、農村の美しい景観や穏やかな環境、そこでのスキーやヨットなどの活動に惹かれて行われるものであり、amenity migration や lifestyle migration として把握されてきた。また、こうした移住には、あくまでも自然や農業を希求するタイプも含まれる。これらの移住は、単に高齢の退職者によってのみ行われるのではなく若年層によっても、単身のみならず夫婦・カップルによってもなされる。そして、その移住先は、遠隔の山地や海岸にも及んでいる。経済的な理由による移動であれ、非経済的な理由による移動であれ、移動は常に恒久的に行われるわけではない。農村の農業や観光における労働のための移動は季節的である場合が多く、農村のアメニティを求めての移動も、短期の訪問からセカンドハウスにおける季節的な滞在、そして定住に至るまで多様である。
こうした多様な態様を有する農村への移住は、その担い手が旧住民とは異なる価値観、ライフスタイルを有しているため、旧住民との軋轢を生むこともある。一方で、農村の維持に貢献しうると指摘される。すなわち、移住者の存在によって、商業・サービス業や教育・医療・交通サービスといった基本的な機能が保持され、これらの部門における雇用機会が提供されることで、さらには、彼らが農村の活性化に貢献することで、農村社会が存続できる可能性が生じうる。