1.はじめに
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の津波によって,仙台平野のクロマツ海岸林は深刻な被害を受けた.仙台平野の海岸林は,17世紀より沿岸域の生活と産業の発展の場として継承されてきた文化的価値を有する森林である.さらに海岸林は飛砂,塩害などから居住地を保護する機能も有しており,地域の生活環境の保全に重要な役割を果たしている(菊池 2017).また,被災地の復興にあたり内閣府の中央防災会議(2011)では,すべての海岸線に長大な防潮堤を建設していくことは不可能であるため,減災効果の強化には海岸林が必要であると結論づけている.ゆえに,海岸林を復旧させることには大きな意義がある.
実際に2011年5月には林野庁を主体とした海岸林復旧・再生事業が始動したが,被害を受けた地域では突発的な海水の侵入による土壌の塩性化・湿地化や,高い地下水位など,クロマツの生育に不適当な環境が多数確認された.これを受けて,林野庁は仙台平野の丘陵地から持ち込んだ土壌材料をもとに植栽基盤の造成を行う方針を示した(林野庁 2015).
人工林を形成・ 発達させる目的での盛土造成事業は極めて新しい試みだといえる.だが,実際に造成された植栽基盤上に植栽されたクロマツにはモザイク状の生育差がみられた.一般に,クロマツが災害防止機能を発揮するには植栽後20年程度の期間を要するとされるため,枯死などの生育不全が起こると復旧には多くの年月を要する.したがって,将来起こり得る災害に備えるためには,生育差をもたらした要因を速やかに解明する必要がある.
本研究ではその前段階として,海岸林再生・復旧事業の対象地域のなかでも大規模に盛土造成が行われた地域である宮城県仙台市若林区荒浜海岸林の植栽年度が異なる35の工区を調査地とし,正規化植生指標(Normalized Difference Vegetation Index: NDVI)を用いてクロマツの面的な生育概況を定量化および可視化した.また,植栽基盤とその土地本来の海砂の粒径組成を比較することで,土壌材料の変化がクロマツの生育にもたらす影響を考察した.
2.研究手法
NDVIはSentinel-2によって2020年8月20日に撮影された衛星画像をもとに,ArcMap10.5.1を用いて算出・地図化した.また,算出された値をもとに,有限の標本から母集団のデータを外挿し,確率密度関数を推定する手法であるカーネル密度推定を行い,各工区における面的なNDVI分布を把握した.さらに正規性,等分散性,平均値の差について統計分析を行い,各工区におけるクロマツの生育を比較した.
粒径組成はピペット法に基づいて分析した.
3.結果および考察
粒径組成の分析の結果,植栽基盤に用いた山砂は海砂よりも総じて細砂が少なく,シルトや粘土といった粒径の細かい材料が多いことがわかった.森林総合研究所(2016)によれば,植栽基盤に砂成分のほかに粘土などの細粒成分が混じると,締め固まりやすく透水性が悪くなる性質を発揮する.ゆえに,丘陵地の土壌材料による盛土造成を行ったことで,生育環境における粒径に依存する土壌の物理性は被災前よりも不適当になった可能性が考えられた.
NDVIを分析した結果,同一年度に植栽が行われたほとんどの工区間において,日照や降水に関わる気象条件に大きな差が無いにも関わらず,クロマツの生育には統計的に有意な差が確認された.また,各工区のNDVIの分布の特徴も異なり,同一工区内においてもクロマツの生育にはばらつきがみられた.このことから,調査地におけるクロマツの生育差はセンチメートル単位の微地形や土壌特性に関わるミクロな環境の違いに起因すると推測された.したがって,クロマツの生育差をもたらす原因を明らかにするためには,ミクロなスケールにおいて変化する土壌特性を分析する手法を確立する必要があると考えられた.
参考文献
菊池慶子 2017.仙台湾岸における防災林の植林史─宮城県名取市海岸部を中心に─.東北学院大学論集 歴史と文化 55:9-41.
森林総合研究所 2016.『第三期中期計画成果集 津波で失われた海岸林を再生するために』
中央防災会議 2011.『東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震津波対策に関する専門調査会報告』
林野庁 2015.『平成26年森林・林業白書』