主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2022年度日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2022/09/23 - 2022/09/25
地理学における都市イメージの研究は1990年付近に多くの研究が蓄積された.そこでは,特定の場所(都市や地域など)について,人々がどのようなイメージを持っているのか(内田 1986),そしてそれがどのように形成され(成瀬 1993),評価されてきているのか,それらをアンケート調査や言説分析を通じて把握する試みが行われてきた.今回の研究の目的は,このように把握されてきた都市イメージに対して,意図的にはたらきかけることの効果を検証することである.これまで客体として一方的にイメージを抱かれる側であった都市とその運営自治体が,その抱かれているイメージを認識したうえで,施策を通して主体的にイメージの変容を促すことの有効性を調査する.2005年に開始された川崎市の「シティセールス戦略プラン」は,10年の計画期間を終えたのち新たな戦略プランに引き継がれた.そこでは①市民の「川崎への愛着・誇りの醸成」②川崎の対外的な認知度やイメージの向上という2つの目標が定められている.主に行われていることは川崎市内の魅力の類型化やその効果的な発信,市民・民間事業者と連携した事業の展開などである.これと並行して,施策開始時より「川崎市都市イメージ調査」が毎年行われ,これによってイメージ施策の効果を定量的に検証し,川崎市の都市イメージがどのように変容しているかを測るとされている.これはインターネットを使ったアンケートであり,その母集団の属性が詳細に把握できる調査ではないものの,近年では川崎市民とその隣接都市住民から合わせて4,000近くの回答を集めている.その結果をみると,川崎市民による川崎市の都市イメージ評価は近年にかけて向上が見られる一方で,他都市住民による評価は低下傾向にある. 本研究では,この都市イメージ調査で把握できるイメージの変容が川崎市の施策の効果によってもたらされているのかを分析するため,イメージ施策の具体的な取り組みの1つについて調査を行った.戦略プランでは,2005年より「市民・民間事業者と連携した事業」の一環で,市内の魅力を活かしたイベントや製作物の販売などの事業を行う事業者に対して事業費の半額を助成する制度が設けられている.この制度のもとでは,これまで79事業者によって113の事業が展開されており,筆者はこの制度を利用した事業者にアンケート調査票を配布し,うち21事業者の回答を得た.その結果からは,この助成制度は主に経営体規模の小さな事業者によって利用されており,市からの助成を受けることで,①日ごろの事業よりも成果の向上がみられる②同じような事業者との出会いのきっかけになる③市からのある種お墨付きを得ることによってその後の事業における信頼の保証になるなど,この制度が市内の小規模事業の活発化に寄与していることが把握できた.しかし,都市イメージ調査において,小規模事業の活発化に関係すると考えられる項目に顕著な変化はみられておらず,この助成施策と川崎市の都市イメージの変容との直接的な関係を掴むことは出来なかった.川崎市は他自治体に先駆けて都市イメ―ジへの関心を持ち始め,様々な施策やイメージ調査など,イメージ向上のための継続的な取り組みを行っている.しかしその有効性に関して,今回注目した施策は市内小規模事業を活性化させているものの,それによって川崎市のイメージが向上しているのか,現時点ではその因果関係の説明に限界があった.この施策のイメージに対する効果が表れるまで,より多くの時間が必要とされる可能性も考えられるが,市内事業の活発化を通したイメージへのはたらきかけが都市イメージの向上につながるのかという,そもそものねらいの妥当性に関しても議論の余地があると思われる.再開発や人口増加など構成要素の変化が大きい川崎市のような都市において,どの変化が人々の抱くイメージにより影響を与えるのか,今後はそのメカニズムを解明することでより効果的な施策もみえてくるかもしれない.