Ⅰ.はじめに
COVID-19における文化創造経済セクターへの影響は極めて深刻であり,特に「不要不急の文化芸術」に加え,人間の距離感が昼間に比較して変化する夜の時間はクラスターを生み出す行動と同一視され,「音」を財・サービスとして扱う夜間音楽空間は,世界的に深刻な影響を受けた。
さて,ライブハウスやライブバー,クラブやミュージックバー等を一例として,夜の文化芸術活動がほぼ民間セクターとして成立してきた戦後の日本では,諸外国とは異なる独自の文化形態が形成されてきた。文化属性や音楽属性により,おおよその文化的棲み分けのあるものして扱われてきた「ライブハウス」と「クラブ」の別は,いずれも飲食業として登録されている同一の業態であり,また音楽そのもののクロスオーバーや,中間組織であるブッキングエージェンシーの台頭,そして「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下,風営法)」の改正により,その境界が揺らぎつつあること,他方で,通称,「キャパシティ(以下,キャパ)」と総称される収容規模ごとの運営方法やCOVID-19による影響の違いがより大きくなっていることが最新の研究で明らかとなった(池田ほか,2022)。
他方で,ライブハウスの「小箱」に関しては,宮入(2008)等において小箱での音楽実践の実態に触れられてはいるものの,クラブ系音楽に属する小箱は管見の限り研究が太田(2009)に限られており,またライブハウスとクラブの境界が曖昧となっているという現状を前提とし,「小箱」の文化や実態を把握した研究も不足する。
以上から,本稿では,東京都23区内に立地する「小箱」(後述)を対象に,その特徴を明らかにすることを目的とする。なお,使用データは,2022年1月から2022年3月にかけて実施した32件の聞き取り調査において,「小箱」であると判断した収用客数が30~100名(ライブハウス),40~100名(クラブ)の店舗12件(ライブハウス4件,クラブ10件)である。
Ⅱ.小箱カルチャーとCOVID-19
調査の結果,全体として以下の傾向が看取された。まず,中箱・大箱が風営法の改正により特定遊興飲食店営業許可を取得可能で,深夜営業が可能であるのに対し,小箱は上記許可の取得要件を満たさない場合が多く,現在でもグレーゾーンの営業形態を取る。また,中箱・大箱は,「イベンター」と称されるブッキング会社を得ているためライブハウスやクラブの境界が曖昧化しつつあるのに対し,小箱は個人事業主が主体で,企画を通じて流行に左右されにくく,箱の音楽性において独自性を維持しやすい傾向にある。特にCOVID-19においては,中箱・大箱の必要経費(特に人件費・テナント賃料)が極めて大きく,これが経営維持の生命線となったのに対し,小箱の一部は昼間営業を継続でき,かつ飲食業に対するコロナ支援金を受給することで,経営を維持できる状況であった。以下では,ライブハウス,クラブごとの小箱カルチャーの概略を述べる。
<クラブ系小箱>
中箱・大箱に見られる「ディスコ系」「クラブ系」の別は小箱にはなく,「アングラ」でコアな音楽が好まれる傾向にある。また,ブッキング会社を介した大型企画の実施は稀であり,中箱・大箱がネームブランドを冠したDJや動員力のあるDJを選ぶ場合もあるのに対し,小箱はより実験的な場所としての役割を担う。また,経営者の多くは中箱等で下積み経験を積み,音楽知識(レコードの知識やネットワーク等)が極めて重要な意味をもつ。経営面では,事業主以外は非正規雇用スタッフが中心であり,イベント企画も事業主が担当する。また小箱は,固定費に占める家賃の割合が人件費に比べて高い。
<ライブハウス系小箱>
音楽嗜好性が明確であり,店舗ごとに「バンド系」や「アコギ系」等のジャンルがおおよそ決まっている。また,店舗開設においては「下北沢」や「高円寺」等のブランド力が,ブッキングにおいて意味をもつため,これが相対的に重要な基準となり,また特定遊興飲食店営業許可取得が困難な中心市街地に立地する。また,複数店舗の経営を行う場合には,15名程度で運営する。
Ⅲ.おわりに
小箱は,中箱・大箱とは異なる独自のカルチャーを有する。特に,クラブ系小箱は,2000年代のクラブカルチャーの実験的な空間として機能し続け,DJ・ラッパーのネットワークの中核として空間機能を維持する。なお,クラブ事業者を中心として風営法改正への機運の高まった2010年代前半においても,大箱と小箱では代弁する立場が異なり,小箱独自の協会が整備された。また,渋谷区宇多川町を一例として,よりローカルな地域や音楽表現と結びつく傾向にある。今後,大阪や福岡,名古屋,あるいは地方に所在する小箱カルチャーに関しても,調査報告が求められよう。