日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 635
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発表要旨
但馬地方における移住促進をめぐる多層型ガバナンス
*久井 情在
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抄録

1. 研究の背景

 今日,地方圏の多くの自治体が,大都市圏からの住民の移住促進に取り組んでいる.自治体からみると,移住定住促進施策の対象は現時点で自治体領域外の住民であり,この点で,域内住民を対象とする他の多くの施策と異なっている.したがって,移住定住促進施策は,地理的範囲を所与とする従来型の「ガバメント」の枠組みではなく,多元的なアクターや空間スケールが関わる新型の「ガバナンス」として論じることが望ましい.一方,「田園回帰」の議論に代表される,大都市圏から地方への移住についての既存研究をみると,移住者個人のライフヒストリーや,小地域での取り組みが注目され,自治体行政のレベルでの取り組みは背景として扱われることが多い.以上を踏まえて本発表では,移住定住促進施策をめぐるアクター間の連携や役割分担について,事例研究を通じて描き出すことを目指す.なお,本事例研究は,兵庫県但馬地方の各自治体の移住定住促進担当部署や,各自治体が設置している移住相談員等を対象に,2021年10月~2022年6月にかけて実施した聞き取り調査に基づいている.

2. 事例地域

 兵庫県は,移住定住促進について,全県的施策として取り組むだけでなく,県内10地域に置かれた県民局・県民センターごとに,それぞれの裁量で施策を展開している.その1つである但馬は,県北部の日本海に面し,神戸や大阪からみて県内で最も遠方に位置する地域にあたる.豊岡市,養父市,朝来市,香美町,新温泉町からなり,この5市町それぞれが移住定住促進に取り組んでいるため,但馬においては,県・県民局・市町という3重の実施主体が存在することになる.加えて,地域コミュニティや地域自治協議会といった小地域の単位でも,移住定住促進に取り組んでいるところが一部存在する.

3. 考察

 但馬における移住定住促進をめぐるガバナンスの特徴は,以下の3点にまとめることができる.

 第1に,移住相談窓口の外部委託が積極的に活用されている.特に,兵庫県や但馬といった上位スケールでは,移住希望者の相談はほとんどすべて委託先が対応している.ここでは,移住相談業務の継続性や専門性を確保できることが委託の利点になっていると考えられる.一方,市町の場合も委託が目立つものの,行政職員が対応することもあり,委託を行っていない市町もみられる.

 第2に,国や県といった上位政府による地方創生・地域づくりの施策が,下位スケールでの移住定住促進に活用されている.具体的には,総務省の施策である地域おこし協力隊が挙げられる.協力隊の受け入れは,各市町で移住定住促進施策の柱の1つに位置づけられており,特に豊岡市で力が入れられている.また,協力隊OB・OGが,移住相談や移住に関する情報発信に携わる例もみられる.兵庫県の施策としては,小地域レベルでの地域づくりを補助する事業があり,小地域の中にはそれを利用して移住定住促進に取り組むところもある.

 第3に,「但馬」という中間スケールのガバナンスにより,県からの相対的な自立と,市町の取り組みの底上げがなされている.一般的に兵庫県は,神戸等の瀬戸内海沿岸地域の印象が強く,県の相談窓口を訪れた移住希望者が日本海側の地域に至る可能性は低いと考えられるため,「但馬」の枠組みで窓口を設け,ウェブやイベントで情報発信することで,知名度の低さを補っている.また,「但馬」で取り組むことで,規模が小さく移住定住促進施策に十分な財政的・人的リソースを割けない市町の取り組みの底上げを図る効果も認められる.

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