1.研究の背景と目的
現代の日本社会では、少子高齢化や都心回帰に伴い、都市部では、活動の停滞という問題に頭を悩ませる町内会も少なくない。そのような中、人々のつながりをいかに維持するか、地域活動をいかに活性化させるかが喫緊の課題となっている。これを解決する手掛かりとして、ハイデン(2002)の「場所の力」という概念に着目する。場所の力は、場所の記憶を可視化するという活動を通じて、場所に対する市民の記憶を育む力であり、都市の再生に寄与するものである。ハイデン(2002)は、アメリカのロサンゼルスを対象に、多様な人種と文化を包摂する都市で生きたマイノリティに対する記憶を、都市再開発のプロジェクトに取り入れた事例を通じて、場所の力を示している。
日本では、様々な分野で場所の力について議論されてきた。例えば山﨑(2005)は、多民族都市における実践は、外国人の定住化が進む日本社会においても、将来的なまちづくりの指針となることは疑いなかろうと述べており、場所と集合的記憶との関係から地理学が何を実践しうるかを考える上でも示唆に富む一冊であると評している。
本研究では、大阪市港区における場所の記憶を基にした地域活動に着目し、日本の文脈で場所の力の議論を展開する可能性について提示する。
2.大阪市港区における朗読劇の実践
大阪市港区では2008年と2009年に、市岡パラダイス(大正末期から昭和初期まで大阪市港区にあった娯楽施設)を舞台とする朗読劇『お守りの言葉』が上演されている。この劇は、脚本を担当した舞台女優A氏と、港区役所職員、港区の住民、港区への通勤者で構成されるチームが制作した。出演者全員が港区に関係する人物であるように、朗読劇の制作と上演を通じて、地域活動の活性化が目指された。本研究では、朗読劇を制作したチームや、NPO法人南市岡地域活動協議会などに対して実施した聞き取り調査の情報を用いる。この情報から、港区の住民が市岡パラダイスに対し、どのような記憶を有していたか、作品がどのような経緯で誰によって作られたか、劇の制作者や鑑賞者がどのような場所の記憶を生み出し、地域への愛着を高め、地域活動へ積極的に参加するようになったかを明らかにする。
3.考察
地域活動の活性化を目指した朗読劇の実践は、場所の記憶を視覚化することを通じて、成功を収めた。日本の都市と、ハイデン(2002)が事例とするロサンゼルスとの間では、人種問題のように、社会背景が異なる面がある。日本では、戦災や再開発によって都市の景観が目まぐるしく変容する中で、忘れ去られた場所の記憶を掘り起こすという文脈がある。場所の力を日本の文脈で議論することは、日本における地域活動の活性化の手掛かりになると思われる。