日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 314
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発表要旨
利尻岳の亜寒帯針葉樹林における強風による大規模な自然撹乱
*吉田 圭一郎比嘉 基紀石田 祐子若松 伸彦瀨戸 美文
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抄録

I はじめに

自然撹乱は森林の更新動態に影響し,植生の空間分布を規定する.そのため,自然撹乱による森林破壊の状況やその後の植生回復を明らかにすることは,植生分布や森林生態系の成立機構を検討する上で非常に重要となる.しかし,大規模な自然撹乱は発生頻度が低く,これまで研究を行う機会は限られてきた.

発表者らは,亜寒帯針葉樹林の空間分布やその成立過程を明らかにする目的で,2012年より利尻島を対象に調査研究を行ってきた.その中で,利尻岳西向き斜面において,ごく最近に強風による大規模な自然撹乱を受けて森林が広範囲で破壊された箇所を発見した.台風による撹乱の頻度が高い東アジアの亜熱帯林や温帯林に比べて,北東アジアの森林では強風による大規模撹乱は稀である.そのため,この大規模な自然撹乱は亜寒帯針葉樹林の成立過程を検討する上で貴重な機会になると考えた.

そこで,本発表では,利尻岳西向き斜面における強風による大規模な自然撹乱の状況を,その発生要因とともに報告する.また,大規模な自然撹乱を受けた跡地での亜寒帯針葉樹林の更新動態を推察し,森林植生の空間分布との関連性を検討する.

II 調査地と方法

利尻島(N45°11’,E141°14’)は北海道最北部の日本海上にある火山島で,中央に成層火山である利尻岳(1,721m)が聳える.利尻岳には自然度の高い森林植生がみられ,山腹は標高500m付近の森林限界までトドマツとエゾマツが優占する亜寒帯針葉樹林が分布する.調査対象とした大規模な自然撹乱を受けた森林は,利尻岳西向き斜面の標高150~250mに位置する.

大規模な自然撹乱による森林被害の状況を把握するため,本研究では小型無人航空機(UAV)を用いて取得した画像の判読を行なった.また,現地調査を行い,壊滅的な被害を受けた範囲の中に5×5mの方形区を5ヶ所設け,出現した木本種および常緑針葉樹の更新個体(樹高1m以上)の樹高を記載した.UAVによる画像取得および現地調査は2019年10月に実施した.

III 結果と考察

森林の被害面積は25ha以上の広範囲に及び,ほとんどの立木が被害を受けていた(写真1).また,UAV画像から倒木の方角は北東~東で,西〜南西からの強風が原因と考えられた.

本泊のアメダスでは,発達した低気圧により2015年10月2日に最大瞬間風速43.7m/s(南西)を記録した.また,同じ低気圧による亜寒帯針葉樹林での大規模な撹乱がサハリンで報告されている(Korznikov et al. 2019 doi: 10.17581/bp.2019.08115).したがって,利尻岳西向き斜面における大規模な撹乱は,この低気圧の強風によるものと推察された.

大規模撹乱の跡地では,エゾマツとトドマツの稚樹が10~20個体/25m2の高い密度で更新していた.樹高から更新個体の多くが撹乱を受けた直後に定着した4~5年生の個体と考えられ,前生稚樹が生長した樹高3~4mの個体も含まれていた.一方で,落葉広葉樹の更新個体は常緑針葉樹に比べて少なかった.これらのことから,この大規模撹乱の跡地には,今後,エゾマツ・トドマツによる一斉林が形成されていくものと考えられた.

亜寒帯針葉樹林で大規模な撹乱が発生したのに対し,隣接するダケカンバ優占林での風倒木はほとんど見られなかった.このことは,強風による撹乱の受けやすさが,地形などの立地条件だけなく,森林の優占種によっても異なる可能性を強く示唆している.今後も継続調査を実施して亜寒帯針葉樹林の更新動態を明らかにするとともに,今回のような発生頻度の低い大規模な撹乱が植生分布に与える影響についても検討する必要がある.

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