Ⅰ.問題の所在 学習指導要領が想定する「地理総合」,あるいは地理教育研究者や指導的地理教育者が考える「地理総合」は,理想や理念としての「地理総合」である.いっぽう,社会的現実としての「地理総合」は,一般人が考える「地理総合」であり,実際に教室で教えられ,教わる「地理総合」である.「地理総合」の必履修化を契機として地理学に対する社会的関心が高まるか否か,さらには「地理総合」が今後も必履修の科目であり続けられるか否かを左右するのは,「地理総合」の理想・理念ではなく,その社会的現実である. 本報告は,社会的現実としての「地理総合」に関するパイロット・スタディである.一般人の「地理総合」観は,メディアの報道によって創り上げられる部分が大きいであろう.そこで,新聞報道を分析することにより,「地理総合」がどのような特徴をもつ科目であると認識されているのかを推察する.一定の期間が経過した後に,教員や生徒の経験から社会的現実としての「地理総合」について理解を深めることは不可欠である.ひとまず本報告では,「地理総合」の教科書分析を通じて,教室において教えられ,教わる「地理総合」の内容を予察する.時間的制約もあることから,本報告では,学習内容のうち,「国際理解と国際協力」に焦点を当てる. Ⅱ.新聞報道にみる「地理総合」 朝日,読売,毎日,日経各紙のオンラインデータベースから,現行の学習指導要領の骨子案が示された2015年8月から「地理総合」の授業が始まった2022年3月までに掲載された記事のうち,「地理総合」を含むものについて,計量テキスト分析を援用しつつその内容を分析した. 学習指導要領の改訂に伴って必履修化された「地理総合」の新機軸とされているのは,災害・防災を学ぶことと,GIS(地理情報システム)の技能を学ぶことである.学習指導要領に従い,日本固有の領土に対する政府見解が教科書に明記されることについて,竹島,尖閣諸島,北方領土などの具体的な地名を挙げて報じた記事も目立つ.いっぽう,「地理総合」の重要な柱であり,教科書において最もページが割かれている「国際理解と国際協力」に関しては,ほとんど触れられない.このように,「地理総合」にかかる新聞報道は,応用的側面と日本固有の領土に関する学習に偏った「地理総合」観を生みかねない. Ⅲ.教科書における「国際理解と国際協力」 「地理総合」の教科書における「国際理解と国際協力」の構成は,1社を除いてほぼ一致していた.生活文化の多様性を学ぶ「国際理解」の部分では,まず,生活文化の多様性をもたらす要因として地形や気候が取り上げられるが,自然地理学的内容を盛り込むための方便になっている例もままある.続いて,各地域の人間集団固有の生活文化を形成する要因として,言語や宗教,歴史が取り上げられる.そして,産業と生活文化の部分では,経済の発展段階に応じて生活様式が変化することが説明される.「地球的課題と国際協力」は,さまざまな「地球的課題」が,先進国と途上国で異なった現れ方をするといった整理になっている. 登場する順序とは前後するが,「地理総合」の教科書からは,生活文化の多様性=自然環境+発展段階+言語・宗教・歴史といった構造が見て取れる.アカデミックには単純すぎるきらいがあるにせよ,意識的にそうした構造の下で授業を組み立てるならば,法則定立的認識(自然環境と発展段階)と,個性記述的認識(言語・宗教・歴史)を併せ持った,生活文化の多様性の見方・考え方を養うことができるかもしれない.これに対して,「地球的課題と国際協力」については,先進国と途上国の区分に立脚して発展段階論に傾斜した説明になっていることや,言語・宗教・歴史との関連が深い民族問題などを取り上げる教科書が少ないことなど,改善の余地があると考える. 【付記】本報告は,日本学術会議 地理教育分科会 地誌・国際理解教育小委員会における議論を踏まえたものである.