日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P030
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発表要旨
子どもの貧困対策の自治体間比較
東京23区を中心として
*若林 芳樹
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抄録

子どもの貧困への関心の高まりを背景にして,2013年に子どもの貧困対策の推進に関する法律が成立した.同法では,地方自治体に対して実態調査に基づく対策を進めることを努力義務として求めている.それから10年近くが経過した2021年6月時点では,全都道府県および847の市区町村で報告書が作成されている.そうした実態調査や対策は,必ずしも子どもの貧困のみを対象としたものではなく,それ以前から進められてきた子育て支援や社会福祉計画の一環として行われたものが含まれている.本研究は,東京23区を主たる対象にして,子どもの貧困対策に関する既存の報告書を分析し,地域による計画内容の違いとその背景を明らかにすることを目的とする.

 湯澤(2016)は,2016年時点で子どもの貧困対策を公表した都道府県を分類し,子どもの貧困対策として独立した体裁をとる「独立型」と,既存の他の計画の中に包含する「一体型」に分けている.これを2021年時点での状況に当てはめると,独立型が29,一体型が18となる.

 独立型の都道府県の計画では,2014年に閣議決定された「子どもの貧困対策に関する大綱」で示された4つの柱である,教育支援,生活支援,保護者に対する就労支援,経済的支援をカバーしながら,地域の実情に応じた重点施策を設けている.

 一体型の都府県では,2003年に制定された次世代育成支援対策推進法,2012年に成立した子ども・子育て関連3法に基づく子育てや若者支援の計画の一部に貧困対策を組み込んだものが多い.東京都はその一例で,貧困対策は前面には出さずに,未就学児を主たる対象にした子育て支援計画の中に設けた5つの目標の1つを子どもの貧困対策に充てている.

 こうした都道府県の施策の実施主体は市区町村であるが,子どもの貧困対策を公表している847市町村を都道府県別に集計すると,市町村数に占める割合では香川県の100%から群馬県の17%まで大きな開きがあり,全体的には西日本の府県ほど高い傾向がある.その中にあって,東京都は71%の市区町村が計画を公表している.

 東京23区の中で,2021年次点で子どもの貧困対策に関する計画を公表しているのは,千代田区,文京区,墨田区,渋谷区,中野区を除く18区である.そのうち,子どもの貧困対策に関する独立型の計画を作成しているのは大田区,北区,足立区の3区にとどまり,残りの15区は他の計画との一体型となっている.

 独立型の中でも足立区は全国の市町村に先駆けて子どもの貧困対策に取り組んでおり,東京都に先だつ2015年に子どもの貧困対策計画を公表している(秋生, 2016).そこでは大綱の柱が3つに組み替えられ,区内で増加している外国籍の子どもへの支援も重視されている.大田区と北区もまた,独自の調査に基づいて課題を分析し,それぞれ3つの柱からなる施策を示している.これら独自型の3区に共通するのは,施策の柱の1つが教育に関連する点である.そこには貧困の予防的ケアとしての学習支援が含まれるが,2015年施行の生活困窮者自立支援制度に基づく学習支援活動は全国に展開している(加茂, 2021).

 一体型に含まれる区は,さらに2つに分けられる.1つは若者・子ども支援の計画に貧困対策を組み込んだもので,もう1つは社会福祉全体の計画に取り入れたものである.後者には品川区と杉並区が該当し,いずれも高齢者福祉を含む広範な対象をカバーするため,子どもの貧困対策のウェイトは小さい.それ以外の13区は,子ども・子育て支援法と次世代育成支援対策推進法との関連で作成された子育て支援計画の中に貧困対策が位置づけられている.その中には,世田谷区のようにライフステージを通した切れ目ない支援のために,妊娠中の母親や乳幼児を対象にした「ネウボラ」と呼ばれる子育て世代包括支援センターを設けた区もある.しかし民間の活動として始まった「子ども食堂」は,対象や事業内容が多様であるため,計画の中で言及はしても対策として位置づけた自治体は少ない.

 子どもの貧困対策の対象は,児童福祉,子育て支援,保健医療など多岐にわたるため,行政組織内での連携のみならず,民間やNPO等との連携も不可欠である.そのため,自治体によっては他の施策と一体化した子どもの貧困対策をとっているが,その理由として,既存の計画との整合性や首長の意向も影響している可能性もある.見方を変えれば,一体型の対策によって,全ての子どもが対象になる普遍的制度は,選別的制度のように対象者にスティグマが生じるのを回避できる利点もある.残された課題としては,本研究で明かになった23区内での対策の違いについて,区部での地域間格差という視点から,さらに検討する必要がある.

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