日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 314
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高度熟練労働者の超郊外へのライフスタイル移住とその意味 ―長野県・軽井沢の事例―
*綱川 雄大
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抄録

1970代以降から,欧米において快適な生活を求める「ライフスタイル移住」が増加するようになった.「ライフスタイル移住」とは,「生活の質の向上」や「個人の願望の実現」を理由に行われる移住・移動を包括した概念である.日本においては,1990年代頃からそうした移住の徴候が見られ始め,本格的な研究の取り組みがなされるようになったのは,2000年代からである.近年のライフスタイル移住および,それに類似した既往研究を整理すると,大まかに①観光地への移住,②日本から海外への移住,③農山村移住・田園回帰,④地方都市への移住の4つとして把握できる.先行研究では,調査対象者である移住者を,仕事を辞めたり労働時間を意識的に少なくしたりして,収入が減っても時間の使い方や働き方を自分で決めることによって,生活の質の向上を目指す「downshifting」(石川,2018)する存在として把握し,描出してきた.しかし最近では,東京都心部に所得・勤務基盤を保持したまま東京大都市圏外縁地域,いわゆる超郊外へ移住する事例も明らかにされている.そうした移住者は,近年における交通インフラやICTの発達によって出現したものと捉えることができ,先行研究の移住者とは移住の意味が異なると考えられる.そこで本研究では,長野県・軽井沢への移住者を事例に,ライフヒストリーに依拠しながら,彼らの生活・仕事の両面における移住の意味を解釈・分析していくことを目的とした.同地への転入者数の上位10自治体を確認すると,近隣自治体からの転入のほかは世田谷区や港区などの都区部からも多く,30歳~40歳代や60歳代のシニア層が見られる.また,勤務地においては港区・千代田区・中央区の都心3区 が確認され,そうしたホワイトカラー職は旧軽井沢以西の中軽井沢や西隣の御代田町に近い追分に多く居住している.本研究の調査対象者は,高学歴であり,仕事においても自営業やホワイトカラー職,専門・技術職に就く職業的地位の高い労働者でもあることから,高度熟練労働者であると見なせる.対象者の移住の動機は,大きく「仕事上の経験を通じた意識の転換」,「自らの希望する子育て環境の実現」,「東京の暮らしからの離脱」として把握することが可能であるものの,大半の対象者はこれらの要因が複合的に重なり合って移住の発意へとつながっている.軽井沢が選択される理由は,新幹線利用による東京までの物理的・心理的な近接性が挙げられたが,それは満員電車を象徴とする郊外の持つ負のイメージと密接に結びつけて語られる.同時に,東京と同程度の都市的・文化的な機能を持ちながら自然を身近に感じられることも要因となっている.つまり,超郊外の中で移住先としての軽井沢のイメージが相対的に良く,移住前と同程度の生活が送れる一方,容易に以前の生活環境から変化させられる場所として選択される.彼らは生活の質の向上を目的として超郊外へ移住したが,先行研究で描かれてきたようなダウンシフトを意図していたわけでは無い.むしろ生活の質の向上のみならず,同時に仕事の質も維持・向上させることをも目的としており,軽井沢へのライフスタイル移住はそれらを同時に達成する手段として位置付けられている.

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