日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P045
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中学校段階における「対話的な防災教育」の検討
*松岡 農
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抄録

1.研究背景

 筆者は大学及び大学院の在学中に宮城県仙台市若林区に所在する震災遺構仙台市立荒浜小学校を事例として,震災伝承施設が地域で果たす機能に関する研究に取り組んだ.2021年10月には,研究を取り組むに至る動機や筆者の人物像についてNHK仙台放送局から取材を受け,その模様は2021年11月10日にNHKEテレにて『ハートネットTV「あの日、何をしていましたか?」』として放送された.番組内では,地震や津波の映像は使用されず,視聴者が投稿した東日本大震災発生当時を振り返る言葉を俳優が朗読したほか,言葉を投稿した筆者を含む4名の人物の現況を撮影した映像が放送された.番組の放送後,筆者は在職中の芝浦工業大学柏中学校の中学2年生の社会(地理的分野)の授業内で当該番組を生徒に視聴させ,レポート課題として感想や考えたことなどを自由記述させた.以下,本研究は生徒が記述したレポートを分析し,中学校段階における防災教育のあり方を検討し,「対話的な防災教育」の必要性を論じる.

2.生徒が持つ震災当時の記憶

 震災発生当時は3歳もしくは4歳の未就学児であった生徒の感想からは,当時のことは覚えていないといった記述が散見された.一方で,当時の記憶があるという回答が19件(n=170)あった.具体的には,震災当時の家族や自らの様子についての記述やマスメディアを通して見た震災の映像についての記述があった.一般に3歳以前の記憶は幼児期健忘により残っていない場合が多いため,現在の中学2年生が震災当時の記憶を保持する最後の世代であることが改めて示された.

3.親族との対話による震災伝承と防災意識の向上

 さらに生徒の記述からは,番組の視聴をきっかけに家族と震災当時の状況や今後の災害への備えについて対話したという趣旨の回答が42件あった(n=170).これらの回答から、親族がいわば「語り部」となり震災の記憶がない生徒に対して震災の記憶の伝承が行われたことや,生徒が親族と災害発生時の行動について確認していたことが明らかになった.

4.「対話的な防災教育」の必要性

 生徒のレポートを分析した結果,番組の視聴をきっかけに,11.2%の生徒が当時の記憶を振り返っていた.同時に24.7%の生徒が親族と震災について対話する機会を得て,親族から震災の記憶を受け継ぎ,防災意識を向上させていた.このほかにも回答した170名の生徒の多くが,被害を受けた人々に思いを寄せ,地震の恐ろしさを実感したことを記述していた.結論として,番組は震災の被害状況をもとに防災を訴えるのではなく,震災を経験した人々が当時を振り返り紡いだ思いを紹介することにより,震災の記憶を伝承することの意義や日ごろからの備えの必要性について生徒に思考させていた.この結果は,防災教育の課題として片田(2008)や伊藤(2010)が指摘してきた,「脅しの防災教育」を克服する発見であった.今後の防災教育では,当時の状況を写真や映像で生徒に恐怖心を与える学習活動よりも震災を経験した教員や親族が身近な「語り部」として当時の状況を生徒に語り,必要な備えや防災のあり方をともに論議する「対話的な防災教育」の展開が求められる.

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