日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 318
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コロナ禍における市区町村別テレワーカー率の推計
*中澤 高志
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抄録

1.本報告の目的  トフラー(1980)の刊行やパーソナルコンピュータの普及,「国土の均衡ある発展」を掲げた国土政策などにより,テレワークは情報化社会における新しい働き方として,1980年代から注目を集めてきた.一時沈滞したテレワークへの期待は,インターネットの普及とともに再び盛り上がり,日本では2000年以降,テレワークの普及が重要な政策目標の1つと目されてきた.ICTを活用した場所や時間のとらわれない働き方を意味するテレワークは,2014年に始まる「地方創生」の理念とも合致し,関連するKPIも設定された.しかし,一連の政策は,十分な成果を挙げることができないままでいた.  皮肉なことに,コロナ禍がもたらした行動制限は,約20年にわたる政策努力がなしえなかったテレワークの普及を一挙に進めた感がある.国土交通省の『テレワーク人口実態調査』によれば,2019年に14.8%であった雇用型テレワーカー率は,2020年度には23.0%に急増している.同調査では,職業や年齢,性別によるテレワーカー率の差異や,首都圏のテレワーカー率が突出していることなどが示されたが,比較的小規模なサンプル調査であるため,テレワーカー率の地域差の詳細は明らかにならない.そこで本報告では,『テレワーク人口実態調査』と国際調査に基づき,雇用型テレワーカー率を市区町村別に推計する. 2.先行研究と本研究の推計方法  Dingel and Neiman (2020)は,合衆国のWork Context QuestionnaireとGeneralized Work Activities Questionnaireにおける各職業において求められる作業の内容や性質に関する記述を基に,テレワークが不可能と考えられる職業細分類を特定し,それに基づいて,産業大分類別のテレワーカー率を演繹的に推計した.その結果,住民の所得や社会階層が高い国・地域ほどテレワーカー率が高いことや,カリフォルニア州ではテレワーカー率が高い地域と低い地域がモザイク状に入り交じっていることなどが推定された.  これに対して本報告では,雇用型テレワーカー率を帰納的に推計する.まず,2020年度『テレワーク人口実態調査』に基づき,年齢階級別・職業別の雇用型テレワーカー率の期待値を計算する.この値に,国勢調査から得られる市区町村別の年齢階級別・職業別雇用者の絶対数を乗じることで,市区町村別の雇用型テレワーカー数・率を推計する. 3.結果 以上の方法によると,2020年の全国における雇用型テレワーカー率は16.1%と推計され,『テレワーク人口実態調査』の値を大きく下回る.これは,国勢調査における雇用者の職業構成比に照らして,『テレワーク人口実態調査は,テレワーカー率の高い管理職と専門・技術職が過大,テレワーカー率の低い現業職が過少にサンプリングしているためである.つまり,国が全国のテレワーカー率として公表している値は,実態よりも過大に見積もられている可能性が高い. 市区町村別の推計によれば,雇用型テレワーカー率は大都市圏で高く非大都市圏で低い傾向があるが,それだけでは割り切れない.名古屋大都市圏では雇用型テレワーク率の高まりがほとんど見られず,これは製造業が盛んであることの裏返しであろう.興味深いことに,東北地方において雇用型テレワーク率が低い地域の連坦が見られるのに対し,九州・四国・中国地方では,それがほぼ見られない.同じ非大都市圏であっても,東北地方の方が現業職,とりわけ生産工程従事者や輸送・機械運転従事者の割合が高いことが,テレワークを難しくしている可能性がある. 『テレワーク人口実態調査』によれば,販売とサービスの雇用型テレワーカー率は,それぞれ6.6%,6.2%と低い.しかし,市区町村を単位として推計された雇用型テレワーク率と国勢調査における雇用者の職業大分類の割合の相関係数をみると,販売は0.52と正の相関を示し,サービスは-0.18とほぼ無相関である.つまり,テレワーカーの多い地域には販売従事者も多く,サービス従事者はテレワーカー率の高低とは無関係にまんべんなく分布している.このことは,相対的に高所得のテレワーカーの生活が,相対的に低所得の販売・サービス従事者の仕事によって支えられていることを示唆する. 4.考察 所得や社会階層あるいはそれに対応する職業によって,テレワークの可能性が異なることは,先行研究がすでに明らかにしている.本報告は,地理学的分析の結果,地域経済の特性を反映した産業・職業構造がテレワークの可能性に地域差をもたらしていることに加え,同じ地域内にテレワークが可能な職に就く人とそうでない人が共存し,それが地域内格差を反映していることを示唆したことに意義がある.

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