日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S105
会議情報

近年の中国の動向と地誌学習
*小野寺 淳
著者情報
キーワード: 中国, 地誌学習, 国家, 地域, 香港
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

近年の中国を取り巻く経済的なそして政治的な情勢は急激に変化をしており、静態的に記述するだけでは各地域の現状をよく理解することがますます難しくなっているのではないだろか。また、これまではしばしば国家の範囲を所与のものとして地誌が語られてきたが、その国家という枠組み自体が問い直され、国家とそれぞれの地域との関係性を慎重に解釈しなくてはならない状況も生起している。以下では、近年の香港を事例にとりつつ、中国地誌のあり方を検討したい。

(中略)

 まず、香港における世論調査の経年的な結果から、香港人がどのように中国大陸を認識し、翻って香港社会をどのように認識しているかを見てみよう。「香港市民の中央政府に対する信任度」を見ると、返還前の1990年代は「信任しない」が5割を超えていたが、2000年代は「信任する」が上回るようになった。しかし2010年度には再び「信任しない」が逆転している。「香港人アイデンティティの推移」を見ると、選択肢として「香港人」・「中国人」・「香港の中国人」・「中国の香港人」の4つがある中で、2010年以降は「香港人」が他の選択肢を圧倒するようになった。

 次に、香港における政治動向を中国大陸との関係性の視点から検討してみよう。香港における政治集団は大きく「建制派(親中派)」、「民主派(泛民派)」、「自決派」、「本土派」と分けることができる。2000年代までは香港の経済界が中心となって政府を支持した建制派に対して、民主化を主張する民主派が市民の支持を得ていた。この民主派は当局と対立しながらも、香港はあくまで中国の一部であると認識し、中国大陸の民主化にも関心を寄せていた。ところが、民主派の流れを汲みながら2010年代以降に登場した自決派は、普通選挙の実現と香港人による真の自治を要求し、本土派(この「本土」は自らの土地である香港を指す)にいたっては、中国大陸の介入を阻んで香港を擁護すべきことを主張している。これらの政治勢力が香港市民の支持を大きく引き付けたけれども、国家安全法が厳格に適用される状況下で行われた2012年の立法会選挙の結果は、体制を批判する人物の立候補が認められなかったために、親中派一色になった。

 このような香港の状況に対する中国大陸からの見方はまったく相反している。香港で「暴乱」が止まないのは、むしろ「愛国教育」が足りないからであり、警察の取り締まりがまだまだ手ぬるいからである、と信じられている。中国政府の香港社会に対する強硬な政策が緩められる見通しはない。中国大陸と香港の人々の価値観は遠く乖離したままである。それでもこの香港の事例のような国家と地域の関係を中国地誌に加筆していかなくてはならないだろう。

著者関連情報
© 2022 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top