日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S306
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「地理総合」時代の大学教育における教員養成の課題
*志村 喬
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抄録

1.はじめに:2022年度からの高校必履修科目「地理総合」の授業実践開始は,大学における教員養成で2つの側面を有している。第1は,高校の地理歴史科(・公民科)教員養成課程では専攻を問わず「地理総合」を適切に教えることのできる力量を身に付けさせる必要があること,第2は,小・中・高の学校種を問わず,この先の教員免許科目履修者全員は「地理総合」を履修済みであることである。現在は,前者の側面(「地理総合」を教える確かな力量を擁した教員の不足等)が喫緊の課題である。本発表は,それら課題を前提にしつつ,小・中・高連携の観点から後者にも留意したい。

2.小・中・高の教員実態と「地理総合」との関係:高校の地理教員不足は周知であるが,中学校はそれ以上に深刻である。発表者の勤務地域3市の全市立中学校29校の社会科教育実態調査(2013年)によれば,社会科教師の大学時代の分野別専攻は,公民系46%,歴史系33%に対し,地理系は8%であり,教育学系の11%をも下回った(志村ほか2013)。各校社会科教員の中から1~2名の回答数のため全体構成比を正確に示すものではないが,発表者の経験からすれば妥当である。地理的分野を教える社会科教師には,高校時代に地理(A/B)を履修しておらず,中学校1・2年生時代の社会科地理的分野が学校教育における最後の地理学習体験になっている者も少なくない。教師教育学では,新任教師は自身が受けた被教育体験が実践授業モデルになるとされる。この観点からすると,高校での「地理総合」必履修化は中学校社会科授業のみならず,全教科制である小学校教員免許へも,大きな意義を有している。例えば,発表者の勤務校は,小学校免許取得が卒業要件になっているが,中学校での社会科地理学習にはマイナスイメージをもち,高校時代には地理を履修しなかった(あるいは,文系であったので教育課程上履修できなかった)学生も少なくないからである。

3.「地理総合」時代の教員養成:このような学校実態をふまえ,「地理総合」必履修時代の教員養成には何が求められるであろうか。「地理総合」科目内容の柱は,GIS,生活文化,持続可能な地域づくり(防災教育等)であり,大学での主な地理学系授業内容と大まかに対応させれば,地図・空間的思考力,人文社会地理,自然環境地理になろう。他方,それらと関連する教育界でのキーワードとしては,ICT,ダイバーシティ,ESD・SDGsなどが挙げられる。  免許状取得における「教科に関する科目」単位数の不十分さ・削減は従来から問題視されてきた。この制度問題を解決する重要性は一層高まっているが,容易でないのも現実であり,学内カリキュラムや免許科目授業内容といった大学教育実践次元での課題解決も,より積極的に取り組む必要がある。例えば,地理へ関心を持たない教員養成課程学生であっても,ICT・ダイバーシティ・防災教育への関心は高い。気候を主とした自然地理分野や地図分野への高校教員の苦手意識は以前から指摘されていたが(武者2000),防災教育等の上記関心と結びつけることは一解決方策である。  小学校教師(志望者)は地理・社会科を専門としない者が殆どであるが,総合的な学習をはじめとした教科横断的でダイナミックな授業構成が得意であり,校外体験学習のようなフィールドワーク実践は多い。中学校で地理を担当する教師(志望者)は,社会科意識を根底にもち,防災等の社会的課題を主題に社会形成に向けた授業づくりを志向する傾向が強い。さらに,小・中学校教員は高校教員よりもICT活用へ総じて積極的である。このような指向は,「地理総合」と通ずるものも多く,「地理総合」に,小・中・高校教員養成実践における課題解決のヒントが秘められているようにみえる。

4.「地理総合」モデル授業像としての教員養成授業:洪水ハザードマップを読んで避難所へ逃げることができる,河川の両岸よりも遠いところの方が浸水被害の可能性が高いという不思議(既有の誤知識との不協和)を発見し探究して理由を解明する,リスクをふまえた避難訓練(志村・阿部 2020)や社会的に適切な土地利用を構想する。そんな生徒が育つ「地理総合」授業ができる教員は,自身が先ずそのような授業体験を持つ必要がある。大学でのそのような被地理教育体験は,小・中学校でも社会科地理授業の質向上を促し,人間形成と地球社会創造に貢献する「地理」を広く発信するに違いない。

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