日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P031
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ラオス北部遠隔農村における人口動態と水田所有
*横山 智高橋 慎一丹羽 孝仁西本 太
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抄録

はじめに

 人口の自然増加および社会増加に伴い,土地所有や食料供給がどのように変化しているのかを理解することは,住民や土地に関する完全な情報が入手できない途上国の小規模社会では非常に困難である.しかし,今後の変化を予測し,社会環境を整備する上で,人口動態に対する生業変化の理解は,地域研究にとって重要な研究課題である.そこで本研究では,耕地面積の限られた盆地に位置する村落を対象に,3世代(約50年間)の人口動態と水田所有の変化を世帯単位で明らかにすることを目的とする.

研究対象地域と研究方法

 研究対象地域は,東南アジア大陸部の内陸国ラオスの北部ルアンパバーン県ンゴイ郡のN村とH村である.2019年末時点で,N村の人口は354(そのうち63人は出稼ぎなどで一時的に離村),世帯数は65世帯(そのうち43世帯がラオス国内で最も人口の多いラオ族,22世帯がラオス北部で最大人口を有するクム族)である.他方のH村は人口208(そのうち27人が出稼ぎなどで一時的に離村),世帯数は42世帯(そのうち23世帯がラオ族、19世帯がクム族)である.

 2020年2月時点で,両村には電気が来ておらず,水力発電機を設置して各世帯が自家発電している.また,携帯電話の電波も非常に弱く,陸の孤島ともいえる地域である.この地域には,かつてNL村,NT村,NM村があったが,この3村の住民は,研究対象地域から近い町のムアンゴイ,また首都ビエンチャンなどの都市部へ移住したことで廃村になり,現在は研究対象としたN村とH村の2村のみが残っている.

 発表者らは2017年から,新型コロナウィルス感染症でラオスに入国できなくなる2020年2月まで,継続的に現地を訪れ,聞き取りによって全世帯の家系図を可能な限り遡って復原した.また,高解像度衛星をベースにしてポリゴン化した全水田データをGISに入力し,水田所有の変化について分析を行った.

人口動態と水田所有の変化

 推定した人口統計データから,転入者数と転出者数を算出した結果,N村では1974年に山地部の2つの村から大量の移住者があり,その後も移住者数は継続的に増加していた.一方で,1990年代半ばから盆地で生活していた住民は,生活の不便さから逃れるために,都市部への転出者が急増していた.H村では1980年代半ばから山地部からの移住者の受け入れを開始し,その後も継続的に増加していた.そして,1990年代から都市部への転出者が増加し始めた.

 N村とH村の住民は、基本的に自村の領域内に水田を所有する.移住者が増え始める1970年代以前には,水田の8割以上がすでに開発されていたことが判明した.それでも1970年代に山地部から移住してきた世帯は,わずかな水田適地を開田できたが,1980年代以降に移住した世帯は,水田適地がなく新たな開田は困難な状況であったことがわかった.

 開田余地のないN村とH村で水田を所有するには,水田を購入しなければならない.1970年代以降,N村では水田を保有する45世帯中27世帯,H村では26世帯中16世帯が購入によって水田を取得していた.そのうち村内居住者間での水田売買面積はN村で28.3%、H村で19.0%だけであった.それ以外の水田は,都市部に移住した離村者との間で売買されていたことが判明した.山地部からの移住者の多くは,村を出ていく住民から水田を購入していたのである.

 山地部から移住した住民の中で,現金を持っている場合は,離村者から水田を購入できるが,そうでない場合は,焼畑耕作で米を生産しながら,出稼ぎなどでお金を貯めて,水田が売り出されるのを待っている.2019年時点で,N村では69.2%,H村では61.9%の世帯が水田を所有しているが,それ以外は焼畑で米を生産していた.

おわりに

 1970年代以降,山地部の住民が盆地に移住してくるようになり,移住は現在でも継続している.それは,自発的な移住だけではなく,「焼畑農業の抑制」、「低地への移住政策」、「永続的かつ持続可能な生業活動」といった政府の政策による強制的な移住も含まれている.しかし,水田不足のため,山地部から盆地に移住しても焼畑農業を営み,世帯構成員の一部が都市部へ出稼ぎに行かなければ生活ができない状況である.したがって,山地部から盆地に移住しても,すぐに都市部に移住してしまう世帯も多い.盆地部のN村とH村は山地部から都市部への移住の一時的な中継地点となっているのかもしれない.山地部から移住した住民は水田が得られない現状で,水田が不足するN村とH村で焼畑を行いながら留まるか,都市部に移住するかの選択を迫られている(丹羽・西本 2021).

文献

丹羽孝仁・西本 太 2021. 人口学研究 57: 21-32.

本研究はJSPS科研費 JP17H01633の助成を受けたものです.

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