日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 215
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福岡県芥屋大門の玄武岩海食崖沖に発達する海食台地形
*菅 浩伸木村 颯佐野 亘三納 正美
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抄録

1.はじめに

 波浪による侵食で海食崖が後退することによって,海食崖の沖に残される緩やかに傾斜する地形を海食台とよぶ。海食台は波底における流水と砕屑物による基盤の摩耗によって形成される侵食面である。海食台の形成水深は1950~70年代に活発に議論が繰り広げられた(貝塚, 1955;砂村, 1975など)。しかし,岩石海岸の海底地形に関する記載は,山陰・浦富海岸にて花崗岩を刻む海食洞や海食甌穴の地形を観察した豊島(1965)以降,ほとんどなされていない。波食基準面の水深は,その場所の波浪条件や岩石の強度などによって異なる。本研究では,鉛直方向の柱状節理をもつ玄武岩よりなる海食崖沖側にて,マルチビーム測深による海底地形測量および潜水調査による観察を行い,現成海食台が形成される水深を明らかにすることを試みた。

2.調査地域と研究方法

 調査地域は玄界灘に面した福岡県糸島市芥屋(けや)である。この地域は主に糸島花崗閃緑岩よりなるが,半島北端は柱状節理が発達した玄武岩よりなり,海岸には海食崖が発達する。 マルチビーム測深機 R2Sonic 2022を用いて2021年8月に海食崖沖の測深調査を実施した。測深海域は,水深0.2 m~26.2 mの範囲である。部分的ではあるが海食崖の基部より上まで測深を行うことができた。測深結果は0.5 mグリッドの数値標高モデルにした後,3次元可視化ソフトウェアFledermausにて可視化した。その後,作成した海底地形図を携行したSCUBA潜水調査を行い,海底地形と底質の観察を実施した。

3.2段の海食台地形

 調査海域では2段に段化した海食台が水深12 m付近(平均海面下13 m)と水深17 m付近(平均海面下18 m)に認められた。とくに岬突端部で海食台の発達が顕著である。これらの地形上では,海食崖の侵食に伴って崩落した径数十cm~1 m以上の巨礫が表面を覆う。 –12 m面では巨礫表面の生物被覆は乏しく,波浪によって巨礫が活発に移動し,研磨侵食によって海食台の形成が活発に進んでいる場所であることが推定できる。 –17 m面の陸側部では巨礫間に砂礫が堆積する。巨礫の円磨度が高く,巨礫や砂礫上の植生が乏しいことから,暴浪時に堆積物が動かされていることが推定できる。–17 m面海側部も径1 m以上の巨礫で構成されているが,巨礫表面に付着する生物(ハネガヤ類,ヤギ目など)が豊富である。巨礫上には高さ約1 mのウミカラマツ群体も存在することから,巨礫は数十年以上にわたって安定しているとみられる。

4.海食台の形成時期と海食崖後退速度

 2段の海食台の形成時期については,観察結果により,–12 m面は現成海食台と考えられる。一方,福岡は最終間氷期以降,約0.06 m/千年の緩やかな沈降傾向にある(下山ほか, 1999)が,この沈降傾向が最終間氷期以降同様に続いていたと仮定すると,最終間氷期に形成された海食台は12万5千年間で7.5 m沈降する。氷床から遠い地域の最終間氷期最盛期の海水準が現海面よりも3 m高かったこと(Stirling et al., 1998)を考慮すると,調査地域の最終間氷期最盛期の海水準は現在の水深4.5 m付近に位置していたと推定できる。この地域の地質と波浪条件における海食台形成水深が,現在と同じ12 mであったと考えると,最終間氷期の海食台は水深16.5 m付近に位置することになる。以上より,–17 m面は最終間氷期に形成された海食台の残存地形である可能性が高い。 後氷期の海水準が–10 m付近に達した約8,300年前以降に,現成海食台(–12 m面)の幅104~107 mが侵食されたとすると,玄武岩海食崖の平均後退速度として1.25~1.3 cm/年が算出できる。

謝辞:本研究はJSPS科研費JP21H04379および令和3年度糸島市協定大学等課題解決型研究事業(いずれも代表者:菅 浩伸)の成果の一部です。

引用文献:

貝塚爽平 1955. 地理学評論, 28, 15-26.

下山正一ほか 1999. 地質学雑誌, 105, 311–331.

砂村継夫 1975. 地理学評論, 48(6), 395–411.

豊島吉則 1965. 鳥取大学学芸学部研究報告, 16, 1–14.

Stirling et al. 1998. EPSL, 160, 745-762.

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