主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2023/09/16 - 2023/09/19
1.はじめに
1970(昭和45)年,議員立法により過疎地域対策緊急措置法(以下,過疎法)が10年の時限立法として制定された。当時,全国3,280自治体のうち776自治体(総数の23.7%)が過疎地域として指定された。「過疎からの卒業」を命題として制定された過疎法であったが,やがて各自治体は「過疎からの卒業」を目指すのではなく,むしろ過疎地域に指定されることを願うようになっていった。その理由は,過疎地域に指定されることで過疎債を使用できることになり,財政的な優遇措置が得られるからである。2022年4月の時点で全国1,718自治体のうち885自治体(51.5%)と,過半数を占めるに至った。 この間,過疎法に基づく過疎対策や,自治体の政策などにより,過疎地域の生活環境は改善された。また,「地域おこし協力隊」「特定地域づくり協同事業組合」などの制度を通して,過疎地域へのIターンが促進され,「田園回帰」と称されるほど一般的となった。 一方で,日本の総人口が減少する中,周辺地域である過疎地域が置かれた状況はますます厳しくなっている。特に,2020年代以降は,バス・鉄道運行本数の減少や廃止,老舗店舗の廃業,医師の高齢化による診療所の閉鎖など,過疎地域における生活は一層厳しさを増している。 この間,「地域活性化」「地方創生」「デジタル田園都市国家構想」などの謳い文句の下,多くの政策が展開されてきたが,いずれも対症療法に過ぎなかった。今後,日本全体の人口が急速に減少する中で,過疎地域の住民生活に直結する地域コミュニティの存続が危ぶまれている。その対応策として,これまでの対症療法的対応の延長ではなく,根本療法的対応がもとめれている。本報告では,「縮充」の概念を提示することで,これからの過疎地域における地域コミュニティがとるべき方策について検討する。
2.「縮充」の概念
自治体や住民がコミュニティの主体的維持を放棄したとしても,国土面積の63.2%を占め,1,000万人以上の人々が暮らす過疎地域を放置することはできない。そうであるならば,いかに地域が小規模・高齢化しようとも,地域を持続させるとともに,人々が豊かに暮らしていける地域づくりを行う必要がある。そのキーワードは山崎亮(2016)『縮充する日本』(PHP新書)が提案するような地域コミュニティの「縮充」であると考える。本報告では,「縮充」を「地域コミュニティを持続させるために必要な最低限の人口を維持するとともに,人口が減っても豊かに暮らしていける仕組みづくり」と定義する。 「縮充」とは,A「縮小」とB「充実」から構成される。社会,地域,生活が縮小していくことを悲観的に捉えるのではなく,縮小の中で自らの生き方や暮らし方を模索していく姿勢が求められる。そこには,右肩上がりの成長とは対極にある社会を構築していくべきである。そして,身の丈にあった暮らしを継続していくことで「充実」した社会を目指していくことが想定される。
3.「縮充」の方策
「縮小」の具体像としてA1「社会の縮小」,A2「地域の縮小」,A3「生活の縮小」の3点が考えられる。A1「社会の縮小」とは,グローバル世界に組み込まれながらも,社会的なアイデンティティを維持し,「社会の縮小」による弊害には対応しつつ,縮小を主体的に受け止める態度を醸成する。A2「地域の縮小」は,伝統と慣習に基づく地域の仕組みを見直し,少ない人口・世帯で継続できる仕組みに改めることを示している。「むらの減築」はそのための主要な手段である。A3「生活の縮小」は,それぞれの価値軸にもとづいて個人の暮らし方を規定する「暮らしのものさしづくり」が想定される。 「充実」の具体像として,B1「学びによる人づくり」,B2「リエゾン・コミュニティ」,B3「範囲の経済」の3点が考えられる。B1「学びによる人づくり」は,地域の存在意義や価値を正しく認識し,地域で暮らし続けたいと思い,実際に誇りをもって生活する人を育てることが想定される。B2「リエゾン・コミュニティ」は,地域の維持を地域住民のみが担うのではなく,都市住民などの関係人口,学校・JA・郵便局等の公的機関,社会企業など多様な主体が関われる新しい地域コミュニティの構築を目指すことである。B3「範囲の経済」は「規模の経済」に相対される概念であり,多品種少量の財を生産し,長い期間で収益を得る仕組みづくりが求められる。 「縮充」の取り組みは緖についたばかりであり,これから多くの試行錯誤が続くものと思われる。このような中,兵庫県佐用町では2022年度に「縮充」によるまちづくりを町の方針として定め,2023年度から「縮充戦略アドバイザー」(会計年度職員として週1日勤務)を置き,本格的な取り組みをはじめた。