日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 614
会議情報

愛媛県の小中学校校歌に歌われた環境要素とその分布の地理的特徴
*柚山 道明
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ.はじめに  大正時代以降、校歌には、地域の象徴的な地物や事象が環境要素としてみられるようになった。須田(2020)では各校が校歌に環境要素を盛り込んだ理由として、自校の独自性を打ち出そうとしたことが指摘されている。校歌に歌われる環境要素に注目した研究は、これまで、特定の市町村や複数の市町村で構成される地域での事例研究が多くみられる。一方で、複数の市町村から確認できる標高の高い山や、複数の市町村にわたって接する海のような環境要素と学校との関係は多様であり、校歌での歌われかたも多様であると想定される。本研究では、校歌に歌われる環境要素と学校との多様な地理的な関係を分析する視点から都道府県スケールで小中学校の校歌に歌われた環境要素を抽出し分析・考察することで、環境要素の特徴やその分布の地理的特徴を明らかにすることを目的とする。

Ⅱ.研究の方法と調査の概要 本研究対象地域は愛媛県全域である。廃校となった学校を含め、より多くの学校の校歌を収集することなどいくつかの点を考慮し、本研究では1975年4月~1995年4月の期間に存在した公立小中学校の校歌を分析の対象とした。校歌集が作成されている地域・学校では校歌集をもとに校歌を収集し、校歌集が作成されていない地域・学校については市町村誌史や閉校記念誌などを利用した。結果的に、小学校434校、中学校179校の計613校の校歌を収集した。収集した校歌に歌われる環境要素を読み解くために、地形図や郷土資料などを突き合わせ、歌詞が示す地物や事象を可能な限り推測し、環境要素を抽出した。抽出した環境要素は、自然、産業、歴史・文化を基盤とする22の項目に分類し、それぞれ集計した。

Ⅲ.分析の結果と考察 校歌に歌われる環境要素を集計した結果、最も高い出現率であった環境要素は「山」であり、全613校中479校(78.1%)の校歌で山に関する語句が歌われていた。山が最も歌われやすいという結果は多くの先行研究で示されてきた結果と同様の結果となった。山のなかでも、最も多くの学校に歌われたのは、標高1,982mで西日本最高峰の石鎚山であり、全体の16.6%の学校の校歌に石鎚山が歌われていた。瀬戸内海の島しょ部を含め石鎚山に近接する市町村での出現が多くみられたが、なかには、石鎚山から直線距離で100㎞近い地域の校歌にも石鎚山は出現した。結果を地図上で見ると、松山市の学校校歌に石鎚山が多く歌われていることが目立つが、これは単に松山市から石鎚山が視認できるだけでなく、松山市から見て石鎚山が東に位置するという位置関係も要因の一つとして考えられる。松山市のいくつかの学校の校歌では「東に仰ぎ」や「朝日の昇る」といった語句と共に石鎚山は歌われており、朝の始まり、学校の始まりを想起させるのに相応しい対象として、石鎚山が校歌に用いられた可能性を指摘できる。その他、歌われやすい山の特徴としては、霊峰と称されるなどして地域住民の信仰の対象となっている点や、比較的均整のとれた山体を有する点が挙げられる。 「山」に続いて出現率が高かった環境要素は「海」であり、344校(56.1%)で歌われていた。最大の特徴は、地域によって校歌に歌われる海の呼称が変化している点である。一般に瀬戸内海という呼称が、より広範的な意味合いが強いとされるが、その瀬戸内海を校歌に歌うのは131校であった。宇和海の34校、燧灘の29校、斎灘の15校が続き、太平洋、黒潮が歌われる校歌も確認された。またこれらのなかには、複数の海の呼称が歌われる校歌もみられた。結果を地図上でみると、佐田岬半島以南の地域では、瀬戸内海の語句はほとんど出現しないなど、校歌に歌われる海の呼称で明確な境界が存在することが確認された。これらは各沿岸地域の海に対する認識の差異から生じており、校歌に歌われる語句に一定の地域性が含まれていると考えられる。 「山」や「海」に続いて、「気象・天文」、「動植物」、「川」に関する語句が高い頻度でみられた。特に植物では、日本を代表する松や桜といった樹種に続いて、みかんが45校、橘が25校の校歌に歌われていた。この結果は、愛媛県が全国的に柑橘類の栽培が盛んな地域であることが背景にあると考えられる。川については県下最長河川の肱川が最も多く校歌に歌われている。肱川流域の学校の校歌には、肱川が含まれる傾向にあるものの、それらの地域の学校は内陸部に立地していることもあり、海に関する語句はほとんどの校歌で確認されなかった。また、島しょ部や半島部といった長大な河川が形成されにくい地域の学校では、川が歌われることはほとんどなかった。

参考文献 須田珠生 2020.『校歌の誕生』人文書院.

著者関連情報
© 2023 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top