日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 338
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大分県佐伯市入津湾沿岸地域の海面魚類養殖業経営体における赤潮への対応と経営の維持
*穂積 謙吾
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抄録

 近年の日本の海面魚類養殖業では,餌料価格の高騰にともない損益分岐点が上昇している.そのため経営体は,経営の維持に際して生産量の増加ないし単価の上昇を求められている.  漁業地理学や漁業経済学では,特定の地域における養殖業を対象として,生産量の増加もしくは単価の上昇を目指した個別経営体による取組みが検討されてきた(たとえば穂積 2021).一連の研究により,経営体が特定地域の養殖業を取り巻く社会経済的な状況に対応しながら生産活動と出荷活動を実施し,経営を維持していることが明らかにされた.しかし,自然環境をめぐる状況への対応については十分に検討されていない.養殖経営は自然環境に大きく左右されることから,経営体が自然環境をめぐる状況にどのように対応しながら経営を維持しているのかを明らかにする必要があるだろう.

 そこで本研究では,大分県佐伯市入津湾沿岸地域を事例に,経営体が赤潮にどのように対応しながら経営を維持しているのかを,生産活動と出荷活動に注目して明らかにすることを目的とする.同地域の赤潮を取り上げる理由は,赤潮は養殖経営に影響を及ぼす重大な自然現象であることと(福代 2012),同地域では赤潮が頻繁に発生することである.  本研究の遂行に求められる主要なデータは,行政機関や漁協,経営体へのアンケートないし聞取り調査により入手した.一連の調査は2022年11月~2023年2月に実施しており,あわせて2023年8月に追加調査を実施する予定である.

 入津湾は大分県の南東部に位置している.1980年代から魚類養殖が展開していることと潮通しが悪いことから,海域の汚染が著しい. 主な養殖種類は,ブリ類の海上養殖と,ヒラメおよびトラフグの陸上養殖である.海上養殖においては,春先から秋口にかけては内湾の生簀で種苗を放養し,10~11月頃に沖合の生簀へと移動させている.また陸上養殖においては,海面から陸上の生簀へと取水し,水の使用後には陸上から海面へと排出している.

 入津湾において,2010年代以降は年間の赤潮発生件数が5件前後と,それ以前に比べ高水準で推移している.魚類養殖業への被害は2~3年周期で発生している.赤潮の発生と魚類養殖業への被害は,6~9月に集中している.

 入津湾沿岸地域では,行政機関や研究機関,漁協,経営体が一体となって,赤潮の早期発見と早期対応に取り組んでいる.早期発見に際しては行政機関や研究機関が定期的な水質調査に,早期対応に際しては行政機関が補助事業に,それぞれ注力している.

 経営体は,赤潮が発生した際と赤潮の被害を受けた際のいずれにおいても,主に生産活動により対応していた.赤潮の発生時には,次の2つの対応がみられた.第1に,海上養殖における生簀の避難もしくは陸上養殖における取水の停止を通じた,魚による赤潮プランクトンへの曝露の回避である.ただし,生簀の避難をあまり実施しない経営体も確認された.第2に,魚への給餌の停止を通じた,魚における酸素要求量の抑制である.海上養殖の場合は内湾の稚魚への給餌を継続的に停止し,沖合の魚にはほとんど給餌を停止しない.陸上養殖の場合は夕方から明け方にかけて給餌を停止するが,午前中には給餌を再開する.

 これら2つの対応により,魚の成長は一時的に停滞する.そのため,海上養殖においては赤潮の消滅後に給餌量の増加や栄養剤の投与を通じて,陸上養殖においては朝方の給餌と取水停止中の酸素吸入を通じて,魚の成長の回復に取り組んでいた. 赤潮の被害を受けた際は,新たな種苗の搬入と生存した魚の成長の促進に取り組んでいた.種苗については,斃死した尾数の60~100%に当たる尾数を搬入していた.また魚の成長の促進に際しては,給餌量を増加させたり栄養剤を投与したりしていた.

 報告当日は,経営体による一連の対応の成果について平時の経営戦略を踏まえた上で考察し,経営体が赤潮に対応しながらどのように経営を維持しているのかを明らかにする予定である.

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