主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2023/09/16 - 2023/09/19
■問題の所在と研究目的
神奈川県箱根町は全国的に知られた温泉観光地であり,多くの宿泊施設が立地する。箱根には,旅館・ホテルのほか,保養所や民泊施設も少なくない。保養所や民泊は社会的背景に起因して,一般的には,保養所の減少傾向と民泊の増加が指摘されている。また,とくに保養所の廃止とその建物の利活用については,渡邊(2015)や渡辺(2018)において,異種の宿泊施設や事業所,住宅などへの機能変化が報告されている。本発表は,このような宿泊施設に関する社会的背景の変化や,既往研究を踏まえて,箱根町の宿泊施設について,地区別に宿泊施設の変遷を把握することを目的とする。
■資料と分析対象
地理学における宿泊施設の変遷に関する研究では,しばしば「旅館業営業許可申請」という資料が用いられる(今井・橋本2011,鈴木2022)。本資料は,1948年の「旅館業法」により,以下のケースにおける届出をまとめたものである。①新しく建築物を建て,旅館を営業する場合,②既許可営業施設で,建築延べ面積の50%以上にわたる増改築,移転等をする場合,③既許可営業施設で,営業者が変わる場合(営業者が個人→法人,法人→個人となった場合も含む),④既存の建築物(用途が旅館以外のもの)の用途を変更して旅館を営業する場合,⑤既許可営業の種別を変更する場合(例えば,旅館営業→簡易宿所営業)。
本発表では,神奈川県小田原保健福祉事務所環境衛生課に情報公開を依頼し開示が認められた「旅館業法許可施設一覧」について分析した結果を発表する。なお,開示を求めた記載項目は,施設名称,施設所在地,営業の種類(旅館・ホテル,簡易宿所),許可(廃止)年月日,延べ面積,総部屋数,営業者の名称(所在地)である。今回は主に,許可(廃止)年月日を中心に分析を行った。
■調査結果
まず,箱根町全体の宿泊施設の許可と廃止の特徴をみる。箱根町では現在500件を超す宿泊施設が営業しているが,廃止したものを含めると1000件程度の施設が確認された。新規許可のピークは,1980年代と2010年代の2回である。廃止が出現するようになるのは2000年代以降であり,2002年から2021年における年平均は20件弱である。また,廃止となった施設を許可取得時期別に分類すると,1950年代許可は約4割,1960年代許可は約7割,1970年代許可は約7割弱という傾向にあった。
次に,地区別に現在営業中の宿泊施設をみる。箱根町における温泉地は,歴史的には箱根七湯として知られるが,現在では17と数えるのが一般的である。本発表では,おおよそこれと一致する地番における地名表記をもとに地区区分を行った。仙石原に全体の約3割が立地し,強羅に約2割と続く。この2地区はそれぞれ100件を超える宿泊施設を有する。元箱根と湯本が約1割ずつである。
さらに,新規許可時期の傾向をみる。宮ノ下と湯本茶屋は,離れた2時期にピークがある。大平台と元箱根は1980年代と1990年代にピークがある。強羅は1980年代から2010年代にかけて長くピークがある。宮城野と仙石原は近い2時期にピークがあり,前者は2000年代が低めで,後者は1990年代低めであった。箱根,二ノ平,湯本は2010年代以降にピークがある。
このように,温泉観光地として長い歴史を有する箱根における宿泊施設の新規許可や廃止のピークが,地区によって異なる点が確認できた。
【参考文献】
今井亜里紗・橋本雄一2011.札幌市における宿泊産業の立地変化-ホテルの営業許可・廃業申請データによるアプローチ-.地理学論集86:10-23.
鈴木富之2022.長野市中心部における宿泊施設の立地と経営戦略の関係.総合観光研究20:45-54.
渡邊瑛季2015.山梨県山中湖村における保養所の特性とその変容.地学雑誌124-6:979-993.
渡辺水樹2018.定山渓温泉における廃業した保養所の活用実態について.地理学論集93-2:8-15.