主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2023/03/25 - 2023/03/27
1.研究目的
近世・近代の北海道西海岸においては,ニシン漁業への依存が強いニシン漁獲地域が多数存在した. ニシンやイワシなど広い海域を移動する浮魚は,資源変動量が大きく,漁獲量も地域によって大きな差が生じる.そのため,漁獲地域では,漁獲量変動にともない,漁家のみならず地域全体での対応がなされた.発表者はこれまでに,北海道高島郡を事例に,ニシン漁獲量減少期における漁家および地域の対応,出稼ぎ漁夫の活動の変容について,一次史料をもとに実証してきた.
しかしながら,北海道ニシン漁家の全容は,盛衰の激しさ,漁家数の多さから不透明であり,一部地域におけるニシン定置漁業権の整理(山田1990など),主要なニシン漁家の系譜(今田1991)にとどまっている.そこで,本研究では,明治漁業法(旧漁業法)によって定められた定置漁業権のデータベースを作成し,ニシン漁獲量変動が異なる3地域について,定置漁業権の変遷を比較検討する.
2.対象地域と研究方法
ニシン漁獲量変動が異なる3地域として,南後志地域の古宇郡,北後志地域の高島郡,留萌沿岸地域の増毛郡を対象地域とする.北海道西海岸のニシン漁業は,南から順に獲れなくなった.3地域のうち南に位置する南後志地域では1920~1930年代に激減し,そのまま皆無状態が続いた.北後志地域では1930年代に激減するも,1940年代前半に若干の漁獲があり,1940年代後半には皆無状態となった.他方,留萌沿岸地域では,豊漁・不漁を繰り返しながら,1950年代前半まで比較的漁獲があった.ただし,留萌沿岸地域においても,1950年代後半には,ニシン漁獲量の皆無状態に陥った.
明治漁業法(1901年公布,1902年施行)によって,漁業権は,定置・区画・特別・専用の4種にわけられ,操業の許可は行政官庁の免許によって付与された.この漁業権は,私権として相続,譲渡,売買なども行うことができたため,漁業権所有者の経営状況によって所有者は変化した.北海道立文書館には,1911~1951年における漁業権所有者情報を記録した『免許漁業原簿』と,漁業権の位置を記すのに使用した『沿岸漁場図』が所蔵されている.ただし,両史料とも,すべての地域・時代が揃っているわけではない.
本研究では,『免許漁業原簿』をもとに,各定置漁業権について所有権者の氏名,住所,取得年,変更理由などの情報を入力し,データベースを作成した.そして,比較的所蔵状況がよく,ニシン漁獲量変動が異なる3地域(古宇郡,高島郡,増毛郡)について,各種漁業権数の推移,特にニシン漁業権変遷の特徴,所有者変更の理由,ニシン漁家による他の漁業権取得状況などについて,地域差やニシン漁獲量変動との関係を分析した.
3.結果と考察
古宇郡(沿岸距離約40㎞)では,1923年に176のニシン漁業権が所有されていたが,1934年には74漁業権,1938年には13漁業権と大幅に減少し,その後は,すべて合同漁業株式会社による所有となった.
高島郡(沿岸距離約15㎞)では,1917~1921年に63漁業権が所有され,微減はあるものの,1951年までほぼ一定だった.1951年の所有者内訳は,39漁業権が個人,6漁業権が複数漁家による共同所有,10漁業権が会社である.
増毛郡(沿岸距離約35km)では,1910・1911年に180漁業権が所有されたが,1920年代に20年経過による更新をしない漁業権者もおり,120漁業権に減少した.その後,若干の増減がありながらも,1951年までほぼ一定だった.1951年の所有者内訳は,89漁業権が個人,2漁業権が共同所有,9漁業権が増毛町,3漁業権が増毛漁業組合,6漁業権が会社である.
他の漁業権取得の変遷もふまえ,3地域の漁業権変遷から,ニシン漁獲量の変動に応じて,単一漁業から複合漁業へのゆるやかな転換が明らかになった.また,ニシン漁業権所有者の内訳や変更理由から,個人漁家経営が減少し,複数漁家による共同経営や組合・会社による経営へと,ニシン漁業の協業化が進んだと考えられる.ただし,漁家の複合・協業化にむけた意思決定過程については,漁家資料の検討が必要であるため,今後の課題としたい.
[謝辞]本研究はJSPS科研費17K13582および20H01392からの助成を受けたものである.
参考文献 今田光夫1991.『ニシン漁家列伝-百万石時代の担い手たち』幻洋社. 山田健1990.北海道美国郡における鰊定置漁業権の変遷-『免許漁業原簿』を中心として-.北海道開拓記念館調査報告29:161-184.