日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 231
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土層の厚く発達する斜面を対象としたソイルクリープによる土層分化過程の解明
*近藤 有史松四 雄騎松崎 浩之
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抄録

1. はじめに

 山地・丘陵の斜面形態を急激に変化させる表層崩壊の発生に対するソイルクリープの役割を明示することは、表層崩壊発生場を解明する上で重要である。日本のような湿潤温帯地域では、山地最上流域において緩慢な土砂移動を促進するソイルクリープにより緩やかな斜面が生み出され、その下方では表層崩壊を始めとした斜面崩壊が群発することで急な斜面が形成されている。これまでに、ソイルクリープは、斜面下方に向けて崩壊予備物質を準備する役割を担うことや、その様式の深度方向への違いが土層を分化させる役割を持つ可能性があると、指摘されてきた。しかしながら、いずれの観測手法を用いた研究も観測期間が10年を超えず、ソイルクリープによる緩慢な土砂移動検討の時間分解能は不十分であった。

2. 研究方法

 本研究では、現存斜面におけるソイルクリープの強度およびその様式の変化に起因した土層分化程度を、それを評価可能な適切な時間分解能を持つ手法、大気生成Be-10の空間分布を把握することで明らかにしていく。対象地域は、2019年の台風ハギビスの通過とともに斜面浅部の土層が浅く剥がれるような表層崩壊が多数発生した、宮城県南部の花崗閃緑岩を基盤とする阿武隈山地である。調査斜面として、土層の厚く分布する縦断方向に凸型で横断方向に平滑な斜面を選定した。選定斜面の南西方向には、発表者らが水文観測を実施してきた流域も存在している。選定された斜面を対象として、尾根から斜面にかけて数点掘削点を設定し、各掘削点を対象として深度方向に連続的に大気生成Be-10分析用試料を採取した。その後、加速器質量分析を実施し、大気生成Be-10濃度の空間分布を把握した。

 大気生成Be-10は、大気中の酸素および窒素が宇宙線の照射を受けて原子核破砕して生成し、地表に飛来した後、土粒子に吸着しながら移動するという性質があると指摘されている。その半減期は1.39 Myrであり、長寿命である。Be-10の地表への供給量は、中緯度帯においては概ね時間的に一定である。大気生成Be-10は土粒子移動のトレーサーとして機能すると考えられる。

3. 結果と解釈

 分析の結果、大気生成Be-10濃度は尾根から斜面下方へ増大し、また大局的には深度方向へ減少するものの、上部土層と下部土層の境界付近(深度約40 cm)で不連続に濃度減少する(約1.0 × 108 at g-1)ことが見いだされた。本地域で得られた大気生成Be-10濃度から、土層内で土砂動態が変化することが示唆される。濃度が不連続となる深度は土層の構造が遷移する深度でもあり、土層の遷移帯では地中水の滞留に伴いすべり面が形成される可能性があることから、ソイルクリープの様式の違いが表層崩壊の発生深度を規定することも示唆される。今後は、土層中に存在するCs-137やC-14といった放射性同位体の核種濃度を測定しつつ、複数の観点から土層の滞留時間も推定していく。

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