日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 208
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杓子岳北カールの岩石氷河の地表面変動
*瀧ヶ﨑 愛理奈良間 千之
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抄録

1.はじめに

 氷と岩屑が入り混じる堆積地形である岩石氷河は,その内部に永久凍土を含むため,山岳永久凍土の指標地形となっている.厚い表面角礫層の下部に永久凍土が存在する場合,塑性変形によって流動が起こるため,流動の確認によって山岳永久凍土の存在の可能性を示すことができる.アラスカやスイスなどの岩石氷河では,現地測量や空中写真測量によって,年間数㎝~数十㎝の表面流動が確認されている(松岡,1998).飛驒山脈の高山帯では,永久凍土の存在条件である“地温が2年以上0℃以下”の条件を満たす山域があることから,山岳永久凍土が分布する可能が指摘されている.その代表例として,杓子岳や槍穂高連峰の岩石氷河が挙げられる(Matsuoka and Ikeda, 1998; 青山, 2002; Ishikawa et al., 2003).しかしながら,現在,飛驒山脈において山岳永久凍土は立山の内蔵助カールでしか確認されておらず(福井・岩田,2000),実際の岩石氷河の表面流動が観測された例もない.本研究では,山岳永久凍土の分布可能性が指摘されている飛驒山脈北部の杓子岳北カールの岩石氷河において,2つの手法を用いて地表面変動を観測し,山岳永久凍土の分布可能性について考察した.

2.研究地域  

 本研究対象は,飛驒山脈北部の杓子岳(2,812m)の北斜面に位置する杓子岳北カールの岩石氷河である.杓子岳北カールの岩石氷河は標高2,500~2,700mに位置する.中部山岳における山岳永久凍土の下限高度は2,500~2,800mであり(柳町,1992),北斜面に位置するため,山岳永久凍土の分布可能性は高いと考えられる.岩石氷河の前縁斜面は39度でその比高は43mあり,斜面方向に畝溝構造が見られる.杓子岳山頂周辺は,大部分が新第三紀前期中新世に貫入した珪長岩であり,岩石氷河に供給される礫も珪長岩である.岩石氷河上(2,590m)での2021年9月~2022年9月の年平均地温は1.1℃であった.猿倉観測所の観測データ(国土交通省HP)を用いた推定年降水量は3000~4000 mmである.

3.研究手法

 杓子岳北カールの岩石氷河において直接岩石氷河上の流動を確認するために,GNSS測量をおこなった.GEM-3,GEM-5(イネーブラー社製)を用いて岩石氷河上で4地点,岩石氷河前面の基盤上(不動点)で測定した.解析にはRTKLIB(Ver2.4.3)のRTKPOSTを使用し,基準局は国土地理院の白馬の電子基準点データを用いた.測定は,2021年9月7日と2022年9月15日の2時期におこなった.

 杓子岳北カールの岩石氷河において山岳永久凍土の分布可能性を確認するため,合成開口レーダーのALOS-2/PALSAR-2を用いた差分干渉SAR(DInSAR)解析から地表面変動を調べた.SAR画像は,2016年から2022年のものを使用し,6年間の変動を測定した.

 岩石氷河上の水平成分の表面流動を求めるため,セスナとUAV(Phantom 4-RTK)から連続空中画像を取得し,SfM-MVSソフト(Pix4Dmapper)を用いて3次元高密度点群データ,オルソ補正画像,地形表層モデル(DSM)を作成し,2時期の画像を用いたピクセル・イメージマッチング解析をおこなった.使用したUAVオルソ画像は2021年9月7日,2022年9月15日撮影のものと,セスナオルソ画像は2015年~2022年10月撮影のものを使用し,7年間の変動を測定した.

4.岩石氷河の地表面変動

 1年間の観測期間のGNSS測量データより,水平方向と鉛直方向ともに最大で約8㎝の変化を確認した.岩石氷河上中央部で最も変化が大きく,岩石氷河末端部では変化が小さかった.  2か月間,1年間,2年間の観測期間のSARデータを用いて差分干渉SAR解析をおこなったところ,どの期間においても岩石氷河の地表面変化が確認された.移動量は,1年間で数㎝,2年間で10数㎝と継続して変動していることが明らかになった.  GNSS測量と差分干渉SAR解析の結果は一致することを確認した.また,2021年に実施した地中レーダー探査と電気比抵抗探査によって厚さ約10mある岩石氷河内部の3層構造と20kΩm~50kΩmの比抵抗が確認されており,その場所は今回変動が大きかった場所と一致した.杓子岳北カールの岩石氷河では年間数㎝の変動が起こっていることが確実であり,この岩石氷河内部には,山岳永久凍土が存在する可能性があることが示された.夏の調査では永久凍土を直に確認するために掘削を予定している.

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