日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 604
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石川県羽咋市における自然栽培の地域的受容と社会経済的意義
*嶋本 貴瑛
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抄録

近年、環境問題への注目に伴い、農業において環境保全型農業の普及への期待が高まっている。日本における環境保全型農業に関する研究では、社会・経済的成立条件や波及効果についての検討が行われてきており、先行研究では、生産と流通に関わる主体に注目し、実態が捉えられてきた。一方で、近年地域の利害関係者が連携し、地域のシンボルやアイデンティティを環境保全等に見出し、地域的に環境保全型農業を推進しているケースが多く見られる(矢部ほか2015;桑原2015)。生産と流通に関わる主体に加えて、環境保全型農業をとりまく地域の多様な主体に焦点をあて、環境保全型農業を捉えていく必要がある。 本報告では石川県羽咋市における自然栽培聖地化を事例に、地域主体がどのように自然栽培を受容していったのかをとらえ、その社会経済的意義を明らかにすることを目的とする。JAはくい「のと里山自然栽培部会」部会員38名、JAはくい・羽咋市役所の自然栽培担当者に、聞き取り調査及びアンケート調査を実施した。 羽咋で自然栽培を主に受容してきた関係主体であるJA・市・生産者に注目し、それぞれ自然栽培を受容してきた目的を考察する。羽咋市では、2015年にJAと市連携協定を結び、地域として自然栽培に取り組んでいった。市が自然栽培を受容していった目的は、2011年に世界農業遺産に認定された「能登の里山里海」を活用し、地域社会や地域経済を振興すること、自然環境を保全し後世に継承することであった。JAは、地域社会への貢献や食の安全の問題や地域環境の保全、JAとして農家の所得の確保や、JAの事業として利益を出さなければいけないことから経済面の確保も意識している。自然栽培生産者の目的に関しては、部会員を対象にしたアンケート調査によると、自然栽培の継続理由として「地縁」、「経済」、「誇り・生きがい」に関する理由を挙げた人の割合は少なく、「環境問題」や「食の安全」に関する問題意識を持つ人が多数を占めていたことから、現代の環境や食の安全に対する問題意識が目的となっていた。 3者の目的は、社会、環境、経済に関する目的に分類することができた。JAと市の2者は地域の社会・経済的振興が共通の目的で、JA・市・生産者の3者は「未来のため、環境や文化、安全な食を残すという」といった環境に関する目的が共通している。しかし、分類の項目においても3者間で目的のスケールやニュアンスが異なっていた。 個別の農家の目的や経営の成立実態について見ていくと、実際に生産を行っている生産者を4類型に分類することができた。自然栽培のみを専業で行う「Ⅰ.自然栽培専業農家」、農業は自然栽培のみを行い年金受給や兼業先がある「Ⅱ.自然栽培兼業農家」、自然栽培と慣行農法・有機栽培・減農薬・減化学肥料栽培など複数の農法を組み合わせて専業で行う「Ⅲ.複数農法専業農家」、自然栽培と複数農法を組み合わせて農業をしており年金受給や兼業先がある「Ⅳ.複数農法兼業農家」である。全体として約70%を「兼業農家」が占めていることからも、自然栽培は多様な担い手によって成立していた。 多様な目的を持つ地域主体によって羽咋市で自然栽培が受容された結果、地域農業、地域経済、地域社会へのそれぞれの波及効果がみられた。市は2015年に掲げたまちづくりに関する計画の中で、新規就農者支援や自然栽培の普及による農業の成長産業化や、観光交流拠点施設として道の駅を拠点とした6次産業化による循環型のシステムの構築を掲げ、関連した施策をJAと連携して行ってきた。2者が地域活性化を共通目的とし、施策を講じてきたことが成果に寄与していると考えられる。自然栽培は、環境や食の安全に対する問題意識を根底に持っている。そこに3者が共感したからこそ取り組みが始まり、地域的な社会・経済にわたる波及効果が生まれた。環境や食の安全への問題意識を持つ多様な生産者が、羽咋の自然栽培の取り組みを支えていることにより、地域への社会・経済的効果も生み出されているといえる。

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