日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 404
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民俗文化を支える生き物たち―伝承自然遊び「クモ相撲」を事例に
*岩月 健吾
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抄録

クモ同士を闘わせ,勝敗を決める遊び「クモ相撲」は,日本では季節の自然遊びとして,かつて全国的に見ることができた.民俗学とクモ学で蓄積されてきたクモ相撲研究では,主に人間とクモの関係について記述がなされてきた.日本に現存するクモ相撲行事では,コガネグモとネコハエトリの2種がファイターとして使用される(図1-a, b).しかし,文化人類学や動物地理学などで注目されている「マルチスピーシーズ民族誌multispecies ethnography」を意識すると(Hovorka 2019; Kirksey and Helmreich 2010),クモ相撲を支えるさまざまな生き物の存在を見出すことができる.

環境省と農林水産省が作成した「生態系被害防止外来種リスト」の掲載種のうち,重点対策外来種に分類されるセイタカアワダチソウは,クモ相撲を支える生き物の一つである(図1-c).鹿児島県姶良市で6月に開催されるコガネグモ相撲の大会では,相撲の土俵としてセイタカアワダチソウの茎が利用される.また,参加者がコガネグモを採集する場所として,休耕地のセイタカアワダチソウ群落の重要性が増している.コガネグモは大型の巣を張るため,生息には足場となる強靭な植生が必要になる.高茎草地環境が失われ,全国的に野生個体数の減少が危惧されるコガネグモの生息を,外来植物が支える現状が窺える.和歌山県海南市で7月に開催されるコガネグモ相撲の大会でも,セイタカアワダチソウ群落が主要な採集場所になっている.

千葉県富津市で5月に開催されるネコハエトリ相撲の大会では,参加者が,出場させるネコハエトリをマッチ箱程の大きさの容器に入れて会場に集まる.以前はハマグリやアサリなどの貝が容器として利用されていたようである.プラスチック製の容器が普及する中,今でも貝製の容器を使用する参加者がいる(図1-d).貝からネコハエトリを出す参加者はベテランで強いという認識があり,貝が出ると土俵は緊張感に包まれるという.ここでは,人間とネコハエトリと共に,貝も会場の雰囲気を作っているといえる.

鹿児島県姶良市の大会では,参加者は,コガネグモの餌として,コガネムシ,バッタ,トンボ,チョウ,ガ,クワガタムシ,カミキリムシなどの昆虫を利用している.中でもコガネムシは,多くの参加者が主要な餌昆虫として考えている(図1-e).複数種のコガネムシが利用されており,現地ではまとめてカナブンと呼ばれている.大型種は産卵したコガネグモの体力回復用に使い,小型種は大会直前の細やかなコンディション調整用に使うなど,高度な使い分けがなされている.また,神奈川県横浜市で5月に開催されるネコハエトリ相撲の大会では,参加者の多くがネコハエトリの餌としてハエを与えている.日常的にハエを採集することが難しい参加者は,釣具屋でサシ(ハエの幼虫)を購入し,そのまま成長させてハエを確保している(図1-f).

このように,クモ相撲はさまざまな生き物の存在によって成立する民俗文化である.遊びまたは行事に親しんできた人々の文化保存に向けた思いもあり,近年,各地でクモ相撲の文化財指定の動きが見られるようになった.クモ相撲の存続について考える際には,クモ以外の生き物の存在にも目を向ける必要があるだろう.

文献

Hovorka, A. J. 2019. Animal geographies III: Species relations of power. Progress in Human Geography 43(4): 749-757.

Kirksey, S. E. and Helmreich, S. 2010. The emergence of multispecies ethnography. Cultural Anthropology 25(4): 545-576.

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