日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S508
会議情報

ヨーロッパハイマツ帯の景観
*小疇 尚
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

ヨーロッパ中南部の山地には、日本のハイマツに似たヨーロッパハイマツ(Pinus mugo、以下ハイマツ)が分布している。このうちアペニン山脈を除くアルプス、ディナルアルプス、ロドピ、カルパティア、スデーティの5山脈でハイマツ群落の分布と山地の景観を調査した。

ハイマツ群落の分布上限と下限の間をその山地、山塊のハイマツ帯とした。その高度はアルプスでは中南部で最も高く、東と北に向かって低くなる。アルプス以外の山脈では、南で最も高く北に向かって低下する。

ハイマツ帯の下限=森林限界はヨーロッパでは氷期の雪線高度にほぼ一致するとされており、調査した山地はすべて氷河作用を受けている。また各山地には数段の第三紀の侵蝕平坦面が広く分布し、高い山ほど侵蝕面も高く山頂との高距も大きい傾向があり、いずれも氷河・周氷河作用を受けている。

アルプスではモンブランから東に向かって山頂高度が低下し、侵蝕面も低くなって山頂との比高が小さくなる。そのことが氷河・周氷河作用の強度と作用期間の差を生み、山岳景観の違いに現れている。3500m 以上の山塊には氷河が現存し下方の侵蝕平坦面に深いU 字谷が穿たれている。3500m 以下で侵蝕面との高度差が小さな、氷河のない山地には岩石氷河が分布する。他の山脈には氷河がなく氷河地も小さくなる。

氷期終了後植生は急速に回復して森林限界が現在より高くまで上昇した後、冷涼化と中石器(狩猟採集)時代以降の人為の影響で疎林化と灌木の増加が進んで森林限界は数百m低下した。新石器時代に入って農耕と山地での家畜の飼育(放牧)が始まると、侵蝕平坦面を覆っていた疎林とハイマツは焼き払われて夏の放牧・採草地=アルムに変貌し、今日の山岳景観が成立した。

現在、アルプス諸国ではアルムの維持に努めているが、移牧が衰退した東欧諸国のなかには山上の放牧を禁止し、一度失われたハイマツを移植する国もある。

著者関連情報
© 2023 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top