1.はじめに
生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)は、1971年に開始されたユネスコのMAB計画の一環として1976年から登録が開始された。2020年代に世界で700以上の地域が登録され、生物文化多様性の保全、社会や経済の持続的な発展、教育や調査研究への支援といった将来世代も含めた地域発展のモデル地域として位置づけられている。1995年に策定されたセビリア戦略から生物圏保存地域のゾーニング計画が見直され、核心地域及び緩衝地域に加えて、持続的な地域づくりを主眼とする移行地域を設定する方針が明確にされた。白山生物圏保存地域は1980年に志賀高原、大台ヶ原・大峯山、屋久島とともに登録され、2016年3月には移行地域の拡張登録が認められた。
2.移行地域の拡張登録と複合型ユネスコエコパーク化
白山生物圏保存地域の核心地域及び緩衝地域は白山国立公園や白山森林生態系保護地域などで構成されるが、2016年3月の移行地域の拡張登録により、1995年に登録された世界文化遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」(岐阜県白川村と富山県南砺市)、2011年に国内ジオパークとして認定された「白山手取川ジオパーク」(現在、世界ジオパーク勧告待ち)(石川県白山市)、同じく2009年に国内ジオパークとして認定された「恐竜渓谷ふくい勝山ジオパーク」(福井県勝山市)、そして2015年に国連食糧農業機関(FAO)に認定された世界農業遺産「清流長良川の鮎」(岐阜県郡上市)を含んだ、上記それぞれの自治体で保全地域が重複する複合型のユネスコエコパークとなった。
3.山岳地域の持続的自然保護モデルの新展開
2014年1月から4県7市村の自治体とNPO法人環白山保護利用管理協会とで構成される白山ユネスコエコパーク協議会が設立され、多様なステークホルダーが管理運営に携わる体制が確立されている。環境省、林野庁、3つの神社なども参画する特徴的な保全管理体制が構築されている。とくに近年、ニホンジカが白山周辺に出現するという報告も目立っており、異なる県や組織間をつなぐ定期的な情報共有の場として重要な役割を果たしている。拡張登録前の2014年~2015年には構成自治体同士の相互交流を図るリレーシンポジウムが開催され、また、2019年からは7市村で地域づくりに力を発揮している住民の相互交流を図るために、地域づくり交流会が定期的に開催されている。2022年の第三回では、白山地域の報恩講料理を題材に食文化に関わる女性同士の交流が深められた。さらに、大型商業施設を活用して、協議会と民間セクターが協働して自然の恵みを市民に伝えるフェアも開催されている。協議会では研究助成制度も設けており、年間4~5件が採択され、地形地質、水文、生態系管理から文化的な多様性の把握まで、環白山地域の学術研究の蓄積に貢献している。
IUCNでは世界遺産、生物圏保存地域、世界ジオパーク、ラムサール条約登録湿地といった異なる国際的な登録地域が重複する地域をMIDAs(Multi-Internationally Designated Areas:)と呼称し、韓国のチェジュ島はその好事例として知られている(Schaaf & Clamote Rodrigues, 2016)。白山生物圏保存地域は多面的に価値付けされたMIDAsと捉えられ、山岳地域の持続的自然保護モデルの事例として今後の創造的な展開が期待される。