主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2023/03/25 - 2023/03/27
1.はじめに
北海道十勝地方の大樹町がロケット打ち上げで盛り上がっている、というニュースを耳にした人は少なくないであろう。確かにロケットには夢やロマンを感じるものの、実現可能性については半信半疑の人もいるのではないだろうか。
我々の日常生活は宇宙開発とつながっている。スマホで現在地がわかるのはアメリカのGPSという位置測定衛星の電波を受けているからである。ウクライナにおけるロシア軍の車列配置が刻々とわかるのは地表を撮影する観測衛星のおかげである。このように人工衛星は暮らしの基盤となっていることから、その需要は急増している。2021年における世界の衛星打ち上げ数は約1750機であったが、その数は10年前の58倍、2年前の4.5倍に達する 。今後はさらなる需要増が確実視されている。
当然のことだが、人工衛星を宇宙空間に配置するためには、ロケットに乗せて発射場から打ち上げる必要がある。しかしながら発射場、ロケットとも不足していることから、世界的に発射場の整備が急がれ、150に及ぶ企業がロケット開発に乗り出している。
宇宙開発は時代の転換期にある。これまではアメリカのNASAや日本のJAXAといった政府機関が大量の予算を投入して大規模ロケットを打ち上げる形が主流であった。しかしながら、2010年代に入ると、アメリカの民間企業(イーロン・マスクのスペースX社など)が補助金を得ながら小規模ロケットを打ち上げる時代になりつつある。日本でも民間の宇宙企業が育ちつつある。本報告では、宇宙産業の中でも発射場、ロケットの打ち上げに焦点をあてることとしたい。
2.大樹町の地理的優位性
本報告が事例とする大樹町は、帯広から南に自動車道を1時間余り走った地点にある。同町は海に開け平地に恵まれるため、農業や漁業が盛んである。人口はかつて11,500人を超えていたが、2020年には半分以下の約5400人にまで減少した。同町が「宇宙のまちづくり」を掲げたのは40年近く前の1985年である。その前年、北海道東北開発公庫(現・日本政策投資銀行)が北海道航空宇宙産業基地構想を発表し、その内容に当時の町長が触発されたことがきっかけであった。それにしてもなぜ大樹町で宇宙なのか。その理由を5点に分けて説明したい。
①東および南に海が広がっていること:ロケットの打ち上げ方角は決まっている。赤道上空の静止軌道に人工衛星を投入する場合、地球の自転を利用できる東方角に打ち上げる(地球の自転速度は赤道が最大なので低緯度が有利である)。他方、極軌道に投入するには南北のいずれかに打ち上げる。この場合、緯度はほとんど関係しない 。したがって、大樹町は静止軌道投入ではやや劣るものの、近年打ち上げが増加している極軌道投入では優位性をもつ。
②広大な土地があって人口密集地がないこと:ロケット打ち上げでは事故の危険を排除できないことから、十分な保安距離の確保が不可欠である。最寄りの人口密集地である帯広市まで70kmほど離れている点も安心材料である。
③飛行機や船で付近が混雑していないこと:衝突等何らかの事故の回避に加え、ロケット打ち上げ日を設定しやすい。
④安定した気象:十勝地方は北部と西部に山地があるため、降水・降雪が少ない。北海道には梅雨がないこともあって、「十勝晴れ」と呼ばれる晴天率の高さが優位性をもたらす。
⑤ロケットや衛星等を持ち込む輸送の容易さ:海上輸送であれば重要港湾である十勝港が至近距離にある。航空輸送の場合、人の移動も含めて、車で40分の帯広空港が利用できる。
このように大樹町はロケット発射地点として「天然の良港」であり、世界的にも稀な「地の利」をもつ。
報告では、北海道スペースポートの建設と運営を担うスペースコタン社、ロケット開発・製造企業であるインターステラテクノロジー社の状況について述べた後、ロケット産業が地域経済ひいてはわが国の産業に及ぼす影響を議論したい。
※本研究は、株式会社ドーコン・リージョナルリサーチによる研究成果であり、今後ドーコン社から公表予定。